チャラキャラ内科医 堀江基先生

出会いは、16年前の夏。まだ工事中のめいの家におしゃれな内科医、堀江基氏がやって来た。40歳を過ぎたばかりの先生は、見た目もチャラくてね、イケイケで、ちょっとカッコつけてる感じのお金持ちのボンボンみたいな・・って書くとすんげーやな奴みたいだけど全然そんなんじゃなかった。先生はどんなに汚い事務所にでもどこにでもドカって座ってぴいや彩子や皆ととっても楽しそうにいろんな話をしてくれる。−汚れるよーってこっちが心配になるくらい。何を出しても一気に飲む。レトルトのカレーは何が美味しいかなんて話をめちゃくちゃ楽しそうにする。なんかこれっていい人でしょ。

開所して何年もたたない頃、一人のやんちゃなばあさまが入所してきました。大きな体で上手く歩けないので這ってあちこち自分で行きます。畳にお布団敷いて、必ず女性職員が添い寝しないと寝ません。笑うと前歯のないお口をめいっぱい開けて豪快に笑い「帰らんといて」としがみつく。めんどくさい可愛い人でした。ある日、ご飯を食べなくなり、だんだん飲まなくなり。お布団で寝ていることが増えました。先生は血液検査の結果、肝臓の数値が悪いよと。家族と話さないとね、と言っているうちに救急搬送し亡くなってしまいました。私たちは何かできたことがあったんじゃないかと後悔し反省し・・辛かったんじゃないかとしんどい思いをしたんじゃないかと申し訳なく思いました。お通夜で娘さんに「お母さんともう一度話したい」と腕を掴まれて返す言葉がなかったんです。全員黙って娘さんの泣き声を聞いていました。15年経っても掴まれた腕の感触が残っています。辛い事だったと思いました。肝臓の症状は突然悪化する、だからわからなくても仕方がない、と医療班は慰めてくれましたが。未だに後悔の根っこは私の中に在るのです。
その数年後、堀江先生と看取りの方の話をしている時のこと。大体いつもキャピキャピ楽しそうに笑っている先生が泣いた。「あの時のあの人のことを忘れられない。なんかできることあったかも」って泣いた。素敵な人だ。何年も前のことなのよ。先生もずっとずっとそのばあさまの根っこが残っていた。感動で泣きそうになるのを我慢して我慢して初めて見た先生の泣き顔を焼き付けた。
医者と警察は謝らないっていうよね、堀江先生は「ごめんね」も言うし、言い訳もする。偉そうに説教もするし、いっちゃんはどうしたいの?って聞いてくれる。私たちを信じて同じ高さで安心をいっぱいくれる。これを書いてるだけで堀江先生のチャラキャラ思い出して泣きそうになる。なんでかって言うと,昨日の辛さや後悔や負の感情は昨日に置いてこないと明日になるのがしんどいだろうお商売でしょ、お医者さんって。ここはお年寄りばかりで、よくなって良かったね、ってことより見送って「いい人生だったかな、これならOKって思ってくれてるかな?笑って逝けてるといいね」っていう終りが断然多い。ずっと見送っているわけだから、なんかできる事とか、あーすればよかったなんて思い始めたら押しつぶされそうにならないの?ってね。
こんなお医者さんがいる。汚ったない事務所のソファに座り ここは落ち着くわぁなんて言いながらやんちゃなふりをしてこの16年間ずっとめいの家の強い味方でいてくれている。
職員の宴会の度に、仲良しのぴいにせがまれて食べきれないほどの焼き肉を届けてくれる。忘年会には必ず来て誰より楽しそうに商品 獲得を狙って遊ぶ。かんたも先生が大好きだった。先生を追いかけて一緒にエレベーターに乗っていた。なつかしい・・・。


堀江先生は60歳を前にしていまだチャラ医健在。そこもとってもとっても素敵なとこ。

ありがとう、先生。先生のこと書いていいって言ってくれて。
ありがとう、先生。私たちを守ってくれて。

ありがとう、堀江先生。

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