十話 元気でいるか?お金はあるか?今度いつ帰る?二部作
精神科の病院に入所前面談に行ったら、ドアを開けるなり「帰ってください。どこにも行きませんから。私家に帰るんです。帰ってください。」と言い速足で去って行った。
どうにもこうにも話にならんので一旦引き上げたら、次の日入所します!と連絡があった。どうなってるんだ?この一日で何が起こったんだろう?と思いつつ二度目の面談に向かうと「ようこそおいでになりました。さっそく私はいつ連れて帰ってもらえますか。」と前のめりに入所を急がされた。不思議だったが元気だし納得されたので入所になった。元々統合失調症で、認知症を発症したので独り暮らしはなかなか難しく行く当てなくとりあえず入院していただけだから体はいたって元気でして。
子供はいなくてご主人亡き後 弟さんご夫婦と同居してみるがなんせこだわり強く何でも思い立ったらすぐ行動に移しちゃうもんで見てるこっちがしんどくなるほどよく動く。口の中に入るだけご飯入れながら着替えながらトイレに行きながらテレビかえながら床拭きながら食器洗いながら・・全部ながらで中途半端。話もあっち行ったりこっち行ったりで最後は何を話していたか分からなくなる。表情に乏しく笑わないし怒らない。自分が今興味のあることしか耳に入らない。という何とも自分勝手な面白い人だったので、同居派あえなく終了となった。私はものすごくこの人に興味を持った。一目ぼれ・・っぽい感じ。はい、そんな感じ。めちゃくちゃ気になって気になって。なんでかって?今もわからないんだけどとにかく気になって。面白くて・・。それだけ。予測不可能な言動が面白くて楽しくて・・眺めているだけで口が開いてくる。 勝手な事ばっかするから毎日職員と喧嘩が絶えず、そのうち皆呆れちゃって必要最低限しか話さなくなったり。まあほかの人に迷惑ばっかかけるからそりゃあさ嫌われちゃった。でも嫌われてること全く全く気にする素振りもなく職員にものすごくたくさんのお願い事をする。ラジカセが動かない、まくらが低い、カーテン開けて、閉めて、サイダー欲しい、鉛筆削って、新聞読んで、テレビ見えない、コンビニ行きたい、靴下はいたほうが良いかな、お風呂は何分浸かる?お布団はこれでいい?押し入れに入れるものは何?ドアは閉める?何時まで起きていたらいい?横になってもいい?起きてもいい?お腹すかないけどどうしよう?伸びたカセットテープの修理お願いしまーすなど・・思い出せないくらいの小さな要望を秒刻みで持ってくる。目まぐるしすぎて皆イライラ通り越して少しずつ笑えた。
その人、陽子ちゃんは大のさだまさしさんファンでずっと部屋ではさだまさしさんのカセットが流れていた。ものすごい音痴さんなので何を歌っているかはわかりにくいがさだまさしさんの歌に間違いはない。「音痴よな」って言うと床に転げまわって笑ったんだ。「音痴ですか私」「音痴ですってー!!」って能面みたいに表情のなかった彼女がですよ。それからは爆発した。
よく笑うのはいいけど、口の中にいっぱい握りずし詰め込んで笑うから喉に詰めて意識をなくしたこともある。ぐったりした彼女を二つ折りにして逆さまにしてお寿司を掻きだし背中を叩いたら・・「あーしんどかった」とひきつった笑顔で戻って来た。そしてお茶を一杯飲んで「ごちそうさん」と手を合わせた。報告した訪問看護師さんに私はこっぴどく叱られた。「生きてるからいいってもんじゃない。背中トントンくらいならいいけど口の中に指突っ込んで掻き出すとかやめて!逆に押し込むことだってあるんだからね!救急車呼んでください!!何してるんですか!」。すんません。何もしないで救急車っていう選択はないなぁ・・ないよね。まぁ、そんな時も陽子ちゃんは私が怒られているのをものすごくうれしそうに眺めていた。人の不幸が大好きな奴なんだ!!あのやろう!だ!
話しは変わりますが、めいの家は毎年全員で一泊 旅をする。行先は終末期の人でも行ける範囲 片道一時間半以内の温泉。例えば、淡路島や小豆島や琵琶湖、雄琴温泉に行く。それ以上足は延ばさない。皆で行きたいからね。ただただみんなで温泉入って宴会して道の駅でソフトクリーム食べて帰ってくるんだけど、職員は全員一か月以上前から宴会芸の練習に忙しい。昭和のスター美空ひばりさんや石原裕次郎さんになり歌い踊る、バンド演奏もあり、コントや漫才やダンスも!!みんな宴会に向けて頑張っちゃう。それも楽しい。
その怒涛の忙しい旅が職員旅行でもあり、めいの家に誰もいなくなるのは一年間でこの一日だけだ。旅の前には「春旅のしおり」が配られて誰と一緒の部屋か知る。してはいけない事や旅館の方に挨拶しなさいよとかいろいろ注意事項が書いてありお風呂の順番やバスの座席も載っている。もうそれはまさに「修学旅行」です。ここ何年もこの旅行の幹事をぴいは一人でやっている。頭が下がる。あいつはえらい。文句も言わん。準備も旅館や旅行会社の方への配慮も完璧だからね。私たちは普通の団体旅行とはちょっと違うでしょ。車いす多いし、紙パンツやおむつの人いるしね、自分で食べられない人もいるし全員認知症で忘れちゃうし。他のお客さんに迷惑かけないようにしつつ最高に楽しむための周りへの配慮がこの旅の掟です!・・で、その旅行で音痴の陽子ちゃんと私はさだまさしさんの歌を一緒に歌うことにした。どの歌一番好き?って聞いたけど全部って言って答えてくれんし(ファンってそんなもんかもね)じゃあ一番楽しんで上手に歌える歌を歌おうと、毎日ちょっとずつ歌って箱にどっさりあるさだまさしさんのカセットを全部歌いつくした。そして「案山子」という歌に決まった。なぜかと言うと♪お金はあるか?♪という歌詞で必ず噴き出してしまうとこがかわいいこと、♪お金はあるか♪と歌うと聞いてるみんなが「あるよー」とか「ないからちょうだい」とか掛け声くれて一体感があるから(笑)私たちは日々15時から5分間の練習を重ね本番に向かった。手を繋いで一生懸命唄った。可愛い髪飾りを付けてもらって頬紅つけて口紅引いて 歌った。上手に歌った。
陽子ちゃんは、歌った後は職員皆から蟹をもらい大喜びで食べていた。七月に入り陽子ちゃんはちょっと風邪を引いた。「気にしい」なので鼻が出るのが気になってしょうがない。咳も出て・・そうなると鬱っぽい気持ちが持ち上がる。全部がダメな気になりふさぎ込んでしまう。「大丈夫」って何百回言われたって大丈夫じゃない。抱きしめたって心はここにもうない。転げ落ちるように精神が不安定になっていった。風邪が、まず風邪が治らなきゃ!・・・・・・・・と思っていた矢先。私の人生を変える大きな大きな、恐ろしく辛く悲しい事が起こった。
つづく・・・。
陽子ちゃんは、名字で呼んでも返事をしない。振り向きもしない。肩をトントンして呼んでもなお返答はない。陽子さんと呼んでみても、嫁に行く前の名字でも全く答えない。ぴいが「陽子、めんどくさい」と言ったら振り返ってわたし?って答えた。まさか呼び捨てってさ。ご主人も父母も「陽子」と呼んでおられたらしくて。ややこしい話で恐縮ですがね、
「ねぇ、陽子。聞いてる?ちょっと話していい?陽子。」陽子陽子を連発しつつ話しかけると聞いてくれる。「陽子のこと呼び捨てじゃない呼び方で呼んでいいかな。ちょっと考えてみて」と言うと「ちゃんやったらいい。主人も機嫌良い時呼んでた。陽子ちゃーんって。」と言いつつも「陽子が一番やけどな」「陽子が一番ええけどな」「陽子が一番や」と早口に言った。でも、その日以降は陽子ちゃんで振り返ってはくれたし、返事もしてくれた。明らかに陽子・・と呼ぶ時より反応は鈍く嫌々感はあったけどそれでも無視されることはなくなった。こんな施設ダメなんかもやけど、若い子たちは皆「陽子」と呼び、陽子ちゃんも皆を呼び捨てにして、なんか学生の友達みたいに喧嘩したり馬鹿笑いしたり買い食いして職員と陽子ちゃんは一緒に怒られたりしてた。仲良しだったんだ。ほんと‥私たちは仲良しになっていった。