二十六話 記憶にないおふくろの味・・。

お見合い結婚したご主人は豪華客船の乗組員で、一度航海が始まると3ヶ月から6ヶ月は帰ってこない。その間、実の母に3人の息子と家のことを任せて「私は買い物担当ですから、お料理やなんかの家事はしませんの」と笑う。毎日のようにデパートで買い物を楽しみ、女学校時代の友人と観劇やランチに明け暮れた。ご主人が陸に上がっている間だけ家にいたが、にわか仕込みでは家事は殆どできなかったようだ。目の大きい美人さんだっただろう容姿を99歳になった今も残しているから、ご主人は何もできなくても可愛がっておられたそうだ。その婆様は、とにかく気が強い。ちょっと言い方が気に入らんだけで「私帰ります」と言い出す。言い出すと聞かない。手を引かないと歩けないのに自分一人で帰れると主張する。怒ったらエレベーターに這ってでも乗る。

自分からは何がなんでも折れないので誰かが手を差し伸べてくれるのを待つ。何もかも母にしてもらって、母に頼って、母にしてもらったんだとわかる。生き方そのものだなぁと思う。99歳のこの気の強さはカッコいい。自分を貫いている。歳と共に縦軸を理解してしまい、世話になっている人や、逆らってはいけない人や、損得で判断する能力を身に着けて大人に成長する人の方が多いんだろうが、この婆様はそれが皆無。なんなら99歳でエネルギッシュに喧嘩売ってくるって半端なく凄い。面会に来た長男さん顔を見るなりため息ついて「来たの・・いいのに」というような人なのだ。「また来るね」とエレベーターに乗り込む後ろ姿に「帰った?あーいやだ!!」と独り言のように言う。

3人の息子さんの真ん中さんは20代で亡くなっていて、長男さんはご近所なのでよく来てくださっていた。一緒に宴会したり、旅行したり、行事を手伝いにも来てくださっていた。うちの忘年会は職員、家族、医療班、税理士さんや一年間お世話になった方々に一年間のありがとうを伝える日で、皆が、名前を書いて箱に入れる。毎年お世話係をしてくれているぴいが1枚目を引く。一人目から順に「今年の一番」を話す。そしてぴいセレクトの「今年買ってよかったグッズ」の中から遠慮しないで欲しいものをもらって帰る。毎年ワクワクする瞬間だよ!!家庭用品、化粧品、お肉、果物、家具・・面白いものが勢ぞろいするんだ!ワクワクするっ!!
長男さんが「今年の一番はなんて言っても母が元気で未だに言いたい事言わせてもらってることです」と言ったら、お母さんとの一番の思い出は何ですか・・という質問が飛んだ。長男さんは「うーーん」と唸り、じゃあおふくろの味は?お母さんのお得意料理!!と質問されて「ないのよ。思いつかないわ。作ってもらった覚えがないんよ」と答えた。母子関係は様々で、家事やお料理が上手で賢母だからいいってわけじゃないけど、長男さんはこの質問に答えたかったと言った。母のカレーは最高でした!!とか言いたかったですと大きな声で笑った。その長男さんが大きな病気で去年の夏亡くなった。私たちは婆様を連れてお通夜に出る前のご遺体に会いに行った。婆様は何度も何度も何度も何度もご遺体に「親より早く死ぬなんて親不孝だわ」と言っていた。「死にたくて死んだわけじゃないのに親不孝だなんてひどい言葉だねぇ。」って言うと婆様は「私が一人ぼっちになるじゃないの」と言った。・・オチのない話で恐縮です。

最近は人生100年時代だそうです。一人ぼっちになる婆様が増えないかと心配になるよ。元気で長生きするのは本当に大変な事で至難の業で、長年使っている身体はあちこち傷むし、頭もそりゃあ傷んでくるわけで。だましだまし生きているけど、ため息増えるよね。100歳になってみないと100歳の気持ちはわからないけど、60過ぎたらめっきり体力無くなって、記憶力も落ちて、楽しい事も思いつかなくなって、面白ない婆さんになりそうだと思う度に「ハァーァ」と大きなため息が出る。だけどね、ほんとは自分のこと婆さんだなんて思ってないしね。私は他の60歳とは違いますから!なんて思ってるんよ。そうそう、思ってる思ってる!!

次は私の近況を書こうと思います・・