選択

ある日を境に食べなくなっちゃって‥お茶やジュースで咽るようになって上手に噛んだり飲み込んだりできなくなって・・。
ちょっと病院に行ってみたら、誤嚥性肺炎と診断。のみ込んだものが肺に入っちゃって肺炎になっちゃって。

医師から4個の選択肢が告げられた。1,胃ろう。(胃に穴をあけて栄養を直接胃に送る)2,鼻腔栄養。(鼻からチューブで栄養を送る)3,中心静脈栄養(太い静脈から高カロリー輸液を入れる)4,自然に任せる。(食べなくなった時が終末期)

自分の決断が父の、母の明日を決める。そして、長々考えている時間はない。家族によっては、チャッと決めることができる人もいるし家族全員の意見がバラバラだったりもする。大事な選択だからみんな納得したい。後で、あーしとけばとか、こっちの方が‥とかはナシにしたいからね。では、一番は自分で決めておくべきだということだ。

こんな時は、とか ああなったらとか そんなこと言いだすと高齢者の病名分 意志を示さなきゃならんようになる‥無理!だから、せめて延命するかしないか 言っとかなあかん。大事な家族が困ってしまうし、あわや喧嘩になる可能性だってある。

90代の婆様に「呼吸器付けても生きたいかい?」と聞いたところ「あったりまえや。生きたいに決まってるやろ。生きたない人おるの?へぇーへぇーほんまか。誰も死にたないやろ。どんなことしても生きたいわ。」と普通に言われ、返す言葉がなかった、ことがあった。

90歳まで生きたから もういつ死んでもいいと思ってるなんて勝手に思ったらあかん。わたしはまだ90歳を経験してないし、90歳の私がもし生きてたら「もっと生きたい」って言うかもしれん…となると いつその「意思」は伝えるんだろうか。50歳の私、60歳の私、70歳の私、80歳の私、90歳の私‥100歳の私にそれぞれ意思があったらそれぞれの私は一貫して同じことを言うだろうか?

延命を選択する最後はどこだ‼‼‼ここから先、娘に月一で「延命する?」って聞いてもらうか?笑

大事なことは、家族と近しい人と常に会話があり、意思を伝える場があって つまらない話でもいいから笑って怒ってそばにいてわかってくれる人を大事にすることかなって思うわ。

人生の中で必ずやってくるいろんな選択を苦い思いしないで 後悔なく超えていきましょ。

ため込んだらダメよ、吐き出さないと伝わらない!


「魔女の宅急便」の私。

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