大切な人

グループホームにお住いのご婦人は困った時、悲しい時、孤独を感じた時、一番に「お母さんは?」と母に頼る。稀にお父さん大好きなご婦人もおられるがものすごく稀。息子孫大好きな方も娘さん大好きな方もかなり多いが ご主人の名を出される方、もしくはご主人の名前を覚えておられる方はものすごく珍しい‥。
だけど、男性の入居の方は殆ど全員一番に名前が出るのは奥様。みんな奥様が大好きだ。奥様がいないと何もできない世代でもある。
「どこいったんや!」と奥様を探し回り 着替えを出してほしいとか、お茶を入れろとか、靴下を履かせろとか…嫁は主人の身の回りのことをするのは当たり前でね、縦のものを横にもしないって昔の旦那様は言われてたよね、昔はね。奥様は大切な人なのか?生活に必要な人なのか?

今、うちにいる爺様もしかり‥奥様がいないと何もできん人だったんだろうなぁ。おしっこしたらおちんちんの先っちょ拭いてもらい、パンツ上げてもらい、靴下履かせてもらい、お布団に入ったらお布団着せてもらい、おーい!って呼んだらすぐ来てくれるって思ってるこの世で一番言うこと聞いてくれる人。入居した時 奥様は疲れ果てていた。爺様は奥様に偉そうにしてふんぞり返っていた。典型的、昭和のご夫婦。爺様はうちに来た日からできることは全部自分でしなきゃいけなくなっていじけて怒った。大きな声を出して威嚇して家に帰ると泣きついたりもした。どうにか奥様の元に帰ろうとした。ある日、奥様とお出かけした爺様は帰らないと家にしがみついて奥様を困らせた。やっとのことで車に乗せたけど今度はめいの家の駐車場ですったもんだして「降りん!!家に帰りたいだけやないかー‼‼」と子供みたいに半泣きになった。‥‥ここでそうか、そうかじゃあ一日帰るかって言ったりしたらもう二度と戻って来なかったりする。そしてまた奥様が大変な日々が始まる‥‥としたらここで負けちゃぁいかん!

家にいた時は‥といえば朝から晩まで奥様を使い、勝手に外に出て行って 奥様は探し回り、夜は数分おきにトイレに付き添わせ‥奥様は大きなクマができて痩せていた。血圧も安定せず‥そりゃあそうさ だって寝る暇ないんだから。そんなこんなで認知症も進みご家族では手に負えなくなっちゃって、でも最後まで奥様は家で頑張ろうとされた‥優しい。そんなことを知ってか知らずか‥爺様は自分でできることは自分でするようになってきた。でも帰りたい気持ちは変わることはない。奥様の顔を見ると「ほほ~い」と手を振り喜んでいる。

ある夜、爺様は立ち上がりタンスの引き出しを開けて話しかけた。奥様の名前を呼び話し出した。それはそれは優しい口調でタンスの中にいるだろう奥様に話しかけていた。私はその動画を後日職員に見せてもらったんだけどね、なんかね、胸が熱くなった。用事させるために奥様の存在が必要なんだろうって お手伝いさんみたいに思ってないのかって思ってたけどね、奥様を何だと思ってんだ腹が立ってもいたけどね。それはそれとして長い間の夫婦間の愛情が確かにあった。優しく語り掛けるその一方通行の会話にはあったんだよね~愛がね。奥様は奥様で来られるたびに「迷惑かけて‥」と謝ってくださる。でもほっとけないし知らん顔もしない。困った人ね、と苦笑いしながら食事に行ったりご本人のお気に入りの散髪屋さんに連れて行ったりされている。いつも一緒に居る関係ではなくなったけど、ちょっと離れて でも絆は変わらず長い時間を連れ添ったやわらかい愛がある。この良き関係を続けていくためのお手伝いが出来ているのなら…私たちはとてもとても嬉しいです。

山本雅矢作「椿」 とてもおいしゅうございました。

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