人生を賭ける時

インドネシアから来た二人はこの春、5年間の期間限定で特定技能介護のビザを申請しめいの家で働く…はずだった。そう、働くはずだった、ほんの数日前までそれで進めていた。サンバ・ウンバラは働くの、そう問題はなし。リキ・フェブリアンシャーがインドネシアに帰るって決めたって先生に言いに行った。原因は「コテツ」。コテツが怖い。よくある理由で昔噛まれたから・・だそうだ。小さい頃野犬にお尻をガブッ!と嚙れてお医者さんにも行かず痛いのを我慢した記憶が忘れられず「ワタシ イヌとワニだけコワイ!ダメ!」と言う。怖い怖いと思いながらコテツの居る階に初めて行って‥そりゃあもう、不審者みたいな動きになっちゃって・・コテンパンにコテツに泣き叫ばれる。それで余計に怖くなってもう行かなくなるっていう負の連鎖。私は動物が怖くない。でも魚と鳥はだいぶ苦手だけどフロアにいても全然いい。叫んで逃げだすとしたらゴキブリくらいかな。じゃあゴキブリをフロアで飼っていて・・そうか行かなきゃ仕事にならないなら行くな。辛すぎて仕事辞めよってなるかもだけど、生活のためにこの仕事が必要なら頑張るしかないか‥って何の話してんだって思うよね(笑)リキはインドネシアに帰ろうと思うくらい嫌いらしい。「怖くないよ。こんなにかわいいやん。」と言ってみたって「怖くない!!!こんな小さな犬ごときで騒ぐな!」と怒ってみたって ねぇ‥。怖いもんしゃぁないやんか。じゃあどうする?!ずっと犬に会わないで仕事するのは大変よ。こんな小さい所でたぶん無理だね。

うちの職員は皆 犬も猫も嫌いじゃない。みんながここに面接に来た時にはかんたが居たし、犬がいて当たり前の施設だったから誰もそこに違和感はない。だから今も勤務表には 緑はコテツ朝の散歩 オレンジは夕方の散歩って色分けされてる。みんな忘れないで行ってくれてるしご飯の時間も誰も忘れない。かんたと一緒に暮らしたおかげでみんなの中には3年前が蘇っている。だから‥犬を見ると飛び上がるくらい怖いって人の気持ちがわからな過ぎて、全職員困惑中。

ちょうどもうすぐ春で、インドネシア人の彼らはビザの切り替え時期になる。留学生から特定技能実習生に!そして今年から五年間、介護の基本を学びつつ国家資格:介護福祉士合格を目指すのだ。また言っちゃうけどさぁ、犬がどうとか言ってる場合じゃないのよね。目指す自分にならなきゃいけないのにイヌキライ ってお国に帰ってる場合じゃないわけよ。なんかね、インドネシアってお国はね、月収が日本円にして2万円から3万円くらい。だから日本で働くこの子たちが1万円でも送金してくれたらとても嬉しいのよね。日本に留学するために借金もしてるからね。易々と帰る‥なんて言わんで欲しいわ、そりゃね、きっとね。家族の星なのよ。どうにか頑張って一旗揚げてほしいやん。

それで、話し合った。インドネシア人サポートチームは雅矢と信ちゃん、そして管理者ぴいとケアマネ由香と私。とことん話し合うつもりでいた。早出の信ちゃんは二時間残って参加し、雅矢は22時からの夜勤で19時に来て、由香もぴいも残って私も休みで来て。そしてリキを待った。リキが来てみんなでどうするか悩んで話し合うはずが‥第一声リキが「タブン ライゲツ クニカエル」と斜交いに座りめっちゃ上から皆に言い切った。「ハラダ ムシ キライデショ ワタシモ イヌ キライ コワイ ダメ カエル」とリキが言い、「話、終わったね」って雅矢が言った。本当に終わりましたな。それでも信ちゃんは「今粘るとこちゃうか?頭下げて頼むとこちゃうの?どうにかしてほしいんじゃないの?粘れよ」と言い、雅矢は「国帰って仕事あるの?借金どうするん?計画あるんならいいけど大丈夫か?」と心配していた。優しいなぁって心から思った。リキの返事は「大丈夫、先生考えます」足を組んで肘をついて面白なさそうな顔してリキはそう答えた。28歳の男がそう決めたんならもういいっかって話し合いは5分もなかった。

すごい覚悟をして日本に来てると思ってた。夢見てきたんだと思ってた。心折れる時は一瞬なんかな。でも、その日のうちにインドネシアにいる父母に怒られてLINEブロックされてしまって・・リキは慌てた。日本にいなくちゃいけない、帰る場所ない!!ってね。今までの私ならきっとこういう場面・・許してどうにか犬に会わないように配慮してほしいって皆に頼んで何事もなかったように明日からも日常を続けただろう。「いい人」になってね。

でも、それやめた!!!何事もなかったように続けるほうが楽だと思うくらい辞めてもらう決断は辛い。気持ちがガクブルにあっち行ったりこっち来たりする。何が間違ってたか何が正しいか分からんようにもなる。最後は意地になる。かわいそうにもなるし、腹も立つ。何が正解か自問自答が続く。そんな中、リキが国に帰れないと悟り、私に「ココデ ハタラキタイ、イヌ ダイジョウブ。」と言って涙も出ないウソ泣きで訴えてきたが辞めてもらう決定をした。誰もそれを止める職員はいなかった。それでも私はまだまだ迷っていた。本当にこれでいい?ってずっとね。そこで決定打がやって来た。リキ最終日、浦田のところに挨拶に行ったらしい。「アリガトウ ウラタサン。5000エン アル?」とリキは言った。浦田はもう返してもらわなくていい、お餞別だと思って5000円を手渡したと言った。私の自問自答はここで終わった・・。話してくれた浦田に感謝している。5000円借りに来たついでのありがとうだったんだ。そうなんだ・・。

いずれにせよ・・人と働くのは本当に骨が折れる。人が一番魔物だ。一番楽しいのも人だけど一番キツいのも、辛いのも悲しいのも腹が立つのも全部全部 全部人のすることだ。

勉強になどならない。また同じことが起こっても私はまた同じように悩んで、行ったり来たりして毎日毎日自分と闘うんだ。それでいいやって思ってる、今はね。とにかくリキ、いつか判れよ、めいの皆がどれだけ君に力を込めたか‥いつか 今日この日を本気で後悔できる日が来ますように。と祈りを込めて次のステージに行きましょう、私も君もね。

一年間、ありがとう。さようなら。