たったひとり

グループホームは、小さな集合体で近所付き合いの延長線上にある。
仲良い人が集まってるわけじゃないし、趣味が一緒でもない。
経済事情も育った環境も、なんなら親子ほど年の違う人もいる。
めいの家は、ご飯の席が決まってもないし、お風呂の日さえ好き勝手だ、だけど勝手にみんなが決めたルールがある。職員が決めてることもあるし、婆様方が決めてることもある。
「私の席」と決めていたり、お昼の12時にはNHKのニュースを見ると決めていたり、お風呂は自分が一番と決めていたりもする。職員はできるだけ暮らしている人に合わせているつもりだが、決め事を作らんとまとまらんことも多々ある。自分の好き嫌いで席を決めたり、自分だけたくさん食べようとしたり、‥‥自分のことしか考えんことだって割とある。みんな全部忘れちゃうわけじゃなくて部屋に入られたり急に騒がれたり嫌な思いを毎日していると「嫌」「怒」「怖」は消えない。その気持ちは忘れないし、嫌いな気持ちが増していく。今一人、ひとりぼっちの人がいる。意味もなく立ち歩き自分の部屋がわからず、自分の席も何が食べられるものかもわからないので、リビングで裸になるし落ちてるものも食べちゃうし人のお箸もかじるし‥なんせ思いもつかんことをずっとしている。その人が動き出すとリビングの空気は一変する。ザワッ‼‼‼‼‼そして全員が目だけでその人を追う。「なんかするに決まってる。見とかなあかん!」とばかりに目を光らせている。穏やかなティータイムなんかみじんもない。静まり返りその人の動向に視線が注がれる。はっきり言って、こっちもしんどい。その人がちょっとでもみんなのそばに寄っていこうもんなら何かが起こる前触れなもんだからさ、先もっていろんなことを想定し阻止してその人をみんなから当座けないともっともっと嫌われるし嫌な空気が続くわけで‥‥みんな誰のことも気にせずゆっくりしたいに決まってるのに、刑事みたいに眼光鋭いこの時間、しかもその人は一日中動いている時だってあるんだから。ちょっとうたた寝してくれたらホッとしちゃったり、ね。

さぁどうする?!?ってもう一年くらいあーでもないこーでもないと試しに試して‥精神科にも連れてって‥その人担当職員がいるくらい一日中一緒に歩いていたり たいへんでね、でもその人‥たったひとり、ひとりぼっち。もう話しかけてくれる人も笑いかけてくれる人も、相槌うってくれる人もこのフロアにはいない。みんなが避けて 睨んで 観察してるからなぁ。

このお話の中に悪者はいない。ヒロインもいない。笑 傷ついている人だらけだ。毎日を健やかに暮らしたい人ばかりだ。ここが私たちの腕の見せ所のはずだけど‥正解もなきゃ解決策もない。

「集団生活できること」がグループホームの重要なスキルとなるわけで。どっちも楽ちんになる方法は❓❓❓どう思う?これはいつもぶち当たる想い。認知症が進んでいく過程の困難事例。みんながその道を通るわけじゃないけど「行く道 来る道 通る道」そして「引き返せない道」そして「誰にも終点がわからん道」やからね。味方でいるしかない。のらりくらりしてるように見えたとて私らは芯を強く持ってそれぞれの「その人」の味方でいないといけない。私たちがその人の話に相槌を打ち、話しかけ、ひとりぼっちにならんよう抱きしめていればいいだけ。

やがて、今できてることもできなくなる日が来る。認知症とはそういう病。今を生きる病。だからね、今を抱きしめようか。

ひとりぼっちじゃないよーーーって手を取って笑う それだけを毎日‥…。

Screenshot

わたしんちのミモザ。春を一番感じるミモザ 大好きなお花。

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