二十二話 こんなやんちゃな婆さん見たことないっ!!かっちゃんの闘い。
めいの家を開設する何年も前、とある大きなデイサービスに通っていた「かっちゃん」。自分でかっちゃんって言うんだもの。「私?かっちゃんよ」「呼んでごらん、かっちゃんよ」とニコリともせず言って速足でいなくなる。スタスタ歩き、気に入らんものは投げ捨て気に入らん人は威嚇する。気の強い大阪の下町おばちゃんだった。かっちゃんは、デイサービスから帰ると一目散に近所の総合病院に行く。病院のカルテが大好物なのだ。何がいいのか、カルテの何に惹かれていたのかは全く分からないんだけど、「外科」「内科」「産婦人科」「整形外科」・・いっぱいあるでしょ・・そのそれぞれの科をくまなく回り受付に置いてあるカルテを持って行く。全部回って回収したカルテを 実は持って帰りたいのだけど成功したことは一度もなくて、途中で見つかって御用となり、何度目かに出入り禁止となった。でもそんなことお構いなしで毎日毎日病院に行く。追いかける看護師さんと家族さんに挟まれ、毎日攻防戦は続いたが、皆がもう無理です!!!!ってなった。とにかく誰の言う事も聞かないし、競歩みたい!逃げ足早いし、ちょっと体に触れたら叩かれるし、大きな目で睨まれると本当に怖かった・・んだ。その頃は、夜中に目が覚めてもかっちゃんは病院に向かっていた。病院の正門の大きな自動ドアをこじ開けようと必死だった。何度も警察の方に出動してもらった。病院のカルテの何がそんなに楽しかったんだろう?いまだにわからない・・。それぞれの人が興味を持つものなんてそれぞれの人の数だけあるしね。そしてそして、開所して一年足らずのめいの家に有名人:かっちゃんはやって来た。かっちゃんは癌だった。胃癌。余命も宣告されていた。スタスタは歩けなくなっていたけど、すぐ殴るしすぐ睨むし、眼光の鋭さは全く変わっていなかった。そして、無類のカルテ好きも変わっていなかった。めいの家ではカルテじゃなくて・・ケアプラン、介護記録、サマリー、アセスメントというような個人情報満載の個人ファイルが狙われた!!何でも部屋に持って帰って押し入れにしまう。大切な物なので大切にしまう・・そして忘れる。って感じで・・どんなに鍵をかけてファイルを隠してもどこかのスキを狙って持って行く。部屋の押し入れを探す職員と隠すかっちゃん・・毎日毎日闘いは続いた。
半月もするとかっちゃんは歩けなくなった。食べられなくなった。若くて元気な人は癌も元気で、高齢になれば癌もあんまり動かなくなって天命を全うできることだって珍しくない。癌だけど老衰で亡くなる方はいっぱいいるから。でもかっちゃんの癌は元気だった。食べたいけど食べられないし、動きたいけど倦怠感で辛そうだった。転がるように病気は進んでいった。ご飯を食べにリビングに来るのもやっとだったから部屋に持って行ったらね。「行く」と言い、動けないのに私の手首を千切れるほどの力で握った。その日からリビングが見える事務所に引っ越した。皆の声やご飯作る音を聞きながら見ながらかっちゃんは眠っていた。
めいの家に来て一か月半。なんて短い付き合いだったんだろうか・・・。リビングを眺めながらかっちゃんは逝った。痛いとか辛いとか一切言わずに男前な最期だった。「もう一生分歩いたんだと思う。自由気ままでやりたい事全うしたんだと思うから悲しまないで。自由に生かしていただいて最高です!!」って娘さんは涙も見せずに笑っていた。初七日に、おうちにお邪魔してお線香をあげさせてもらって、娘さんと一緒にかっちゃんが大好きだった近所の総合病院に行った。かっちゃんが歩いただろう通路を二人で歩きカルテが電子になっていることを知った。娘さんと私は吹き出した。かっちゃんの大好きなカルテボックスはもうなかった・・「お母さんなんて言うかなぁ」って娘さんは泣いた。私たちを追い越してスタスタ歩いて行くかっちゃんの足音が通り過ぎた気がした。
みんなとなかよくするんだよ、かっちゃん!
またね。