二十三話 ダンディ爺様の取扱説明書

昭和の初めに生まれた爺様の話。戦前戦中戦後の激動の日本を青春時代に経験している。私たち戦後の人間にはわかるはずない人生を生きている。そして、何の趣味もないまま生きる事だけに一生懸命だった分 一度楽しいこと知ってしまうともう修正が利かない みたいだ。仕事中もお湯のみに工業用のアルコールを入れて飲んでいたと言い、何がなんでも飲まなきゃやってられんかったらしい。その内に飲んでない時に手が震える様になり、それを隠すためにまた飲んで・・体にはずっとアルコールが残っている状態が何十年も続いた・・らしい。こりゃだめだと思った時にはもうほんとうにだめだった。入院したりできない・・だって大黒柱だから。働かなきゃ一家離散や‥と笑い「頑張って頑張って飲まないようにしたって一時間も持たんのよ。こりゃもう泣くね、情けなくて泣くね。泣きながら飲んだね。」って言いながら「飲みたいなぁ。酒ある?」って目を輝かせる。さぁ、この爺さんとどう付き合う?工業用のアルコールも飲むし、奈良漬けだってお酒入ってるし、料理酒のラベル見たって飛んでくるよっ!!もう金輪際、一滴たりとも飲ませてはいけないのだ。一滴でも飲んだらアル中に逆戻るんだって。めいの家は、喫煙も、飲酒も自由だ。但し医療班が体に悪いとか持病があるからダメって言わなければ、そしてご家族がそれでいいなら生きたいように生きていいと決めている。この爺さんの場合は医療班も絶対ダメ、ご家族も絶対に嫌だ!という事だった。ご家族は一日中飲んでフラフラで仕事中もミスばかりでどんどん会社のお仲間から嫌われて仕事もなくした父を見てきた。どんなに懇願しても父はお酒を辞めなかったし、病院も嫌がった。万引きしてでも飲みたかったし自販機を壊してでもアルコールを手に入れたかった。お茶みたいにがぶがぶと眠りつくまで飲み続けた。「死んでください・・」「このまま帰ってこないでください」と出かける父の背中に手を合わせた日々だったと言う。定年を目の前にして父は自宅に帰れなくなった。仕事中の物忘れも以前にも増して増えていた。が、なんせずっとアル中だったからお酒のせいなんだろうってみんな思っていた。自分の名前や家族の顔がわからんようになって初めて、みんなはこれはちがう病気かもしれんとうっすら思った。どっちにしても毎日毎日お酒を求めてさまよう父と一緒に暮らすことはできない。何の病気だったとしてももうそんなこと関係ないって。民生委員さんの勧めで入院してみたら・・胃癌、肝硬変、肺癌、大腸癌、慢性心不全、認知症、重度のアルコール中毒・・もう病気のオンパレードだった。「どの病気の治療も拒否する。酒買ってこい」と鋭い眼光で娘に掴みかかった。その手はガタガタと震えていた。三か月たち、中毒症状が落ち着いたのと、治療拒否なのとで退院を迫られた。めいの家はご家族の憔悴した姿を見て父を預かることを決めた。目の前どころかめいの中にお酒を置いておくことはできないし、料理酒や酒粕なんかも使わない方向で。お酒が含ませてあるお菓子もダメで、他の皆さんの晩酌も中止になる・・居心地悪い家になるなぁ。やって来た爺様は、何ともさわやかな笑顔の紳士で上品で言葉使いも優しく礼儀正しい人でびっくりした。もっと不良じじいがやってくると勝手に思っていたから。「しばらくではございますが、社会復帰までの間リハビリでお世話になりますのでどうぞよろしくお願いいたします。長年企業務めで融通の利かない性格なもので皆さんにご迷惑にならんよう努めます。お世話になります」とご挨拶され、聞いていた婆様方はポーっと爺様を💛みつめたのだった。

アルコールが入っているものはすべてカギのかかった書庫に入れる。爺様の階は絶対に「アルコール」「酒」「焼酎」「ウイスキー」などお酒にまつわる話題は避ける事。テレビ番組も事前チェックし、飲み歩きやお酒を飲みながらのバラエティー番組はつけない、お酒類のショップチャンネルも。そしてコマーシャル!!これが難題だ。夏はビール、冬はお湯割りなど美味そうなアルコールのコマーシャルが次々流れるから・・大体ご要望がなければDVDか、コマーシャルを省いた録画番組かNHKにしようと決めた。数々の爺様の取説を全員で共有し生活はスタートした。落ち着いた紳士はここをリハビリ病院だと思っていたのでお酒飲みたいとか騒ぎ立てたりは全くなく本を読んだり同じ階の爺様と話したりゆったりと暮らしていた。めいの家はご家族と一緒にご飯を食べるっていう日曜日のパーティが時々あってね。皆で野田さんのお寿司つまんだり、揚げたての天ぷらほおばったりするんです。そのパーティで問題は起こった・・。ご家族が「今日はビール持ってきたよ。家族会からの差し入れでーす!!」って大きな声で言っちゃってね。よく冷えたビールをドッカーンと机の上に置いてくださった。ちゃんと電話で言ったでしょうが!!アルコールダメな人いるって言ったよね!!と言ってみたって今更でしょ。そこに追い打ち賭けて「そりゃあビールが合う合う!野田さんのお寿司にはビールがなきゃ駄目よ!!」って!何回ビールビール言うねん!!と腹も立ちながら爺様を見るとお目目きらっきらに輝かせて喜んでいる。職員は全員固まった。食事はもう始まるし・・ビールを開けようとしているし・・今みたいにノンアルなんかなかったからね。「お風呂連れて行こ。リセットして帰って来て」と促し席を立たせる。もう無理やりよ。男の職員二人がかりで連れて行き女子はビールを回収、私は家族さんに説明・・かなり素晴らしい連係プレーだったと思うんだ。15分ほどして帰って来た爺さんはもうビールが登場したことは覚えていなかった。私たちも全員何もなかったことを徹底した。セーフ!!!!爺様と温泉旅行したたった一回の旅行も唯一飲まない宴会だった。いつもなら職員も利用者も家族も飲んで飲んでハッチャけた宴会なんだけど、静かに手拍子しながらの真面目な宴会だった。お酒を飲まない事一年半。「寝起きがいいねぇ、ご飯も美味しい、大地を踏みしめて歩ける、後は本の字がぼやけないんだ。」と言い笑ったが「でも飲みたいよ。グーっと飲み干してそのまま死んでもいい。飲みたい!」「僕は地獄行きだね。地獄で飲むよ」と笑った。波乱の時代を生きて、楽しい事なんか何もなくてただ生きるために家族のために働いて働いて酒におぼれた。もう酒に変わる楽しい事なんか見つけられないんだ、そんな意欲はとっくにもうない。その話をした後ちょっとした風邪をこじらせて肺炎になりあっけなく亡くなった。「グーっと飲み干してそのまま死んでもいい・・」ってか・・。叶わなかったなぁ。ご家族は、「やっと楽になりました。父も私たちも。父に飲んでもいいよって何度言いそうになったことか・・言えなかった。悪夢の日々が蘇ります。だから、せめてお酒いっぱい持たせましょう。あっちの世界で飲んでもらいます。」とお棺の中にいろんなお酒いっぱい入れておられた。

爺様!ほどほどにね!!閻魔大王様に迷惑かけない程度に一緒に飲みなさいよ。そっちの世界では楽しいお酒にしてよね。取説作られるほど飲んじゃ駄目よ。またね!!