三十五話 ぶっ潰せ!!金庫と不安
大きな200㎏くらいある金庫と共に入所して来たじいさんがいた。郵便局が民営化され貯金が無くなると不安だったらしく5千万円くらいの現金がその金庫に入っていた。ところがそのお金が無くなる。ちょっとづつ無くなる。毎夜毎夜数え続ける。不安でしょうがない・・らしいけど私たちだって嫌だ。夜勤の子に「こんな金見たことないやろ」と100万円束を見せびらかしたりする。見せたいし盗られるし・・ただ預ける人もいないので・・何故って?家族に嫌われてるからさ。ケチで自分勝手でケチで我儘でケチで・・。とにかくケチで爪に火を灯すように戦中戦後の日本でお金を大切に溜め込んで生きてきたもんだからもうそれが体に頭に染み付いちゃってさ。不安だらけだから夜な夜な札束を数えるけど数が毎夜合わない。ん?なんで?ってなって「なくなった!」ってなって「盗られた」ってなる。教えていらんって言ってるのに急に死んだら困るやろう?って私に金庫の番号を教える。でも、昔の金庫で 右に3左に7またまた右に6左に3と8・・そんなこんなが何回か繰り返されてカパッと開くんだけど何回教えられても開けられん。覚える気がないせいか私と金庫の相性が悪すぎて一回も開いたことはない。じいさんは「あほなんか?あんたは不器用なんかあほなんかどっちかやな」と苦笑いを続けた。誰か家族を探さんと皆が泥棒になってしまう・・と思っていた最中。私が泥棒になった。最初は「500万円無くなった。宮﨑さんが盗ったんや。言うてくれたら貸したったのに何で盗るかな。あんた返してもうてくれ」と毎夜夜勤に話し出した。めちゃくちゃ気分が悪い!私が「おとうさん、私が500万円盗ったってみんなに言うてるってホント?」って聞きに行くと「そんなこと言うわけないやろ。あんたを信用して家売ってここに来たんやで。」と泣き顔で訴える。「そのお金銀行に預けて、後見人付けたら安全やからそうしよう」と何度も話したけど全くもってお金を手元から離す気はない。「自分で持っとかな無くなる」らしい。「銀行の奴に取られたら弁償してくれんのか。わしは銀行に預けてて盗られたんや、1000万円やぞ」と言い出した。金の亡者はすぐ泥棒に会うようだ。病気で亡くなった息子さんの元嫁、二人のお孫さん、勘当した息子 手あたり次第連絡するが誰も爺さんと爺さんのお金に興味ない。いや、爺さんが死んだらお金はもらうらしいけど爺さんが生きてる間は会いたくもないらしい。「死んでから連絡して」って言われた。どんなことを家族にしたの?90歳を過ぎて嫁さんも寝たきりさんなのに・・じいさんを「知らん」といえるほどの修羅場があったんだよね。他人は簡単にもういいやん、もうこんな歳とってんのに。昔のことは忘れてあげて、だってもうこんなよぼよぼやん・・ちょっと来て一緒にお茶飲んでくれるだけでいいからって言うけどよ、思うけどよ、当人はそんなもんじゃないんだ。 一生かかったって、何なら死んだって許せないくらいになっちゃってる。それで、諦めた。家族に頼るのは諦めた。その頃、大切にしていた寝たきりの胃ろうの奥さんが亡くなった。めいの家で死んだら後悔する、もっとできることあったんちゃうかって後悔するって言うので最期は入院した。医療にかかってやる事全部やってもらって死んだら諦めつくらしかった。そして亡くなった奥様はめいに戻って来た。めいの家からお葬儀出して落ち着いたかに見えたが、じいさんは混乱した。傍に誰もいなくなってしまいいろんなことを忘れた。ショックな事が起こると一過性の健忘症状が出ることがある。一過性か?しばらく待とう・・って思っていたら
「金庫開けてくれ」「金庫開かんのや」と一日中言い続け、タクシーで警察に行っちゃった。ちょっとおかしい爺さんだと思われすぐにめいに電話がかかって来た。迎えに行くと「宮﨑さんに5000万円盗られたって、捕まえてくれって言うてます」と。5000万円になっちゃった!?警察の方からは「本当にご苦労さんな仕事やねぇ」と労っていただき、お見送りしていただいた。めいに帰って「金庫開けてお金確認するまで息もできん」とむせび泣くもんで、金庫を開けてくれる業者さんを呼ぶか?と聞くとすぐ呼べ!とのことで来てもらった。なんせ古い昔々の金庫やし、開け方わからんし、私?最初から覚えてないんだもん。じいさんは本当に思い出せんようだしね。で、プロの金庫開ける人が何時間もかけて金属を切るのこぎりみたいなので火花を散らしながら開けてくれた。ボロボロにちぎれた金庫の金属片の中から一番に出てきたのはカリッカリッのカッチカッチになったレモンと爺さんの奥さんの入れ歯。「玄関右の木の根元 全財土埋」というチラシの裏のメモ。怖いって!!!!玄関右裏にある金木犀の根元にお菓子箱に入れた5000万円を勝手に埋めてた。そして、埋めたことを完全に忘れてた。昔々戦争中、B29が飛んできて爆弾を投下した時、玄関の床の下に現金を埋めて逃げたそうだ。焼け跡からその現金、全く無傷で見つかったらしい。だから、埋めたんだって。職員とじいさんは金木犀の根元を掘り起こし、泥だらけの5000万円を見つけた。そのまま銀行へ、後見人を付け通帳を預けた。部屋の冷蔵庫や衣装箱、帽子の中、引き出しの奥、ベッドのマットレスと枕の間、新聞に包まれた現金が次々みつかった。お金を取り上げられじいさんは意気消沈。益々元気をなくした。お金を預けても最後まで私は泥棒で、「あいつが盗ったんや」と言われ続けた。でも私が夜勤の日、じいさんは必ず2時に素麺片手に起きてくる。素麺湯がいて二人で食べる。5時頃まで戦後の闇市の話やら、金を稼いだ話を自慢する。経営に困ったら遊ばせてる金があるからいつでも言えと言ってくれる。どっちのじいさんも本心なんだろ。泥棒だと最後まで言われてたけど、私には最後まで優しかった。めんどくさいじいさんだったけど、最後まで大っ嫌いになれんかった。私なら泥棒でもいいかって思ってた。生きるの下手すぎる。お金より大切な物、今は気付いてるかなぁ。
一度だけケチケチなじいさんが私たちを6人くらい連れて蟹料理をごちそうしてくれたことがある。最初から最後まで蟹だけをいっぱい食べた。じいさんはご機嫌であれ食べろこれ食べろと大盤振る舞いにみんな大喜びだった。帰りもタクシーを呼んでくれてみんなで帰って来た。が・・私と彩子はタクシーの中でお腹が痛くなった。元々私と彩子は蟹が得意でなくて、なるべく蟹好きがごちそうになったらいいと思っていたけど、行こう行こうと言ってもらって断れなかった、が正直なとこ。で、とんでもなくお腹が痛くなって私たちはめいに着くなりトイレにダッシュした。「あー辛かった」「良かった!間に合って」と脂汗でべちゃべちゃな私と彩子は真っ暗な玄関に足を組んで座っているシルエットを見つけた。明らかに怒っている。シルエットだけでわかるくらい怒っている。「人の金で蟹食うだけ食っといて、すぐ出すな!!!もったいないやないか!あほか」と怒鳴られた。今となっては笑えるけどホントに怖かった。私と彩子はめちゃくちゃ謝った・・んでした。