凝りない男 寺西公平
13年前のこと、奥さんのことを愛してやまない爺さんが、特養に入っている奥さんと暮らしたい一念でめいの家に二人でやって来た。家を売り車を売り、自慢のすべてを手放して二人はやって来た。一部屋は箪笥など家財道具で埋まり、二人は枕を並べて眠った。枕元には100キロを超える金庫があり、財産のすべてが入っていた、らしい。ただの優しい爺さんでもなく、ただの憎たらしい爺さんでもないが頼るものなくお金に執着した。札束を見せて「触ってみるか?触ったことないやろうこんな大金」と夜勤者に自慢した。私が夜勤の時は、丑三つ時になるとそうめんの束を持って現れ、夜中に二人でそうめんをすすりながら悔いのないお金の使い方についての講義を聞いていたものだ。ある日、爺さんが通院している町のお医者さんの受付に爺さんお気に入りの優しいご婦人が働いていて、その方の息子さんを人手に困っているめいの家に雇うことにしたと,感謝してくださいよと言わんばかりに偉そうに言って来た。困ったなぁ、利用者の通院先の方よ。まあ爺さんの冗談だと思ってくださっているだろうとほったらかしにしておいた。ら、本当にその受付の感じのいいご婦人は息子さんを連れてこられた。生まれて初めての親子で面接!!緊張するやん!
その息子が、寺西公平です。
介護の仕事は、誰にでもできる かもしれないが、コミュニケーションの能力が高く必要とされる。小さな小さな話をまるでおとぎ話みたいに楽しく広げて笑って笑って笑わせて毎日をバラ色にする その能力が生活を華やかにする。どんな珍しい場所に行くよりどんな有名人に合うより日々を飾るのは話術だから。
やって来た公平は、全くそれが出来ない男だった。
話しが続かない。声が小さい、あたふたする。することが遅い、相手の気持ちが分からない。とにかくとんちんかんな奴で。
何度も諦めかけて、もう無理かも・・向いてないってこういうことよなぁ、本人も周りもしんどいって・・。
話し合いを繰り返すが本人は諦めない。
頑張ります、やります、やらせてください!を繰り返す。
怒鳴った回数も、殴った回数もダントツ一番だ。
セクハラですかね?!
だが、今日まで一度も公平は諦めなかった。
職場恋愛し、二人の子供たちの父になり彼は変わった。
生活を彩る楽しい会話ができる人になり、どんなに忙しくても子供たちを第一に考える家族も職場も守ることが出来る男になった。
子供ってすごい。
諦めない公平もすごい。
子供たちが父を変えた。
諦めなければ人生は変わる。
初めて母親とめいの家にやって来た時の公平は、もう今の公平からは想像できないが諦めず頑張る強さはそのままだ。
去年と今年、職員の投票で二年連続リーダーに選ばれた。
これが、公平が折れず負けず諦めず頑張って来た答えなんだなぁ。
でも、今も彼は怒られ続けているわけで、凝りない奴ですわ。