二話 24時間じゃ足りんわ、どうしたらええの・・。

出会いは、104歳になるお母様の面会に来た80歳の長女と特別養護老人ホームで。130センチくらいしかない小さく細い体に厳しい目つきでその人は母に会いに来た。その後しばらくして2度目の大腿部頸部を骨折し入院しリハビリしていた「しげちゃん」に周りは皆手を焼いていたらしく、家には帰さず入居を強く希望された。
ずっと母と生きてきたしげちゃんは母がいないと洗濯機もお風呂もどうして使うか知らなかった。お手伝いさんやお付きの人までいたような裕福なご実家で育って箸の上げ下ろしくらいしかしてこなかったんだそうな。病院が大好き、お薬代好き、検査や入院も大好きだから大喜びで入院した。どうしてかって?入院したらなんでも誰かがしてくれるでしょ。お金さえ出せば大体のことは叶うと思ってるんだってさ。

ところが、帰れないなんて夢にも思わなかったのに・・グループホームに連れてこられちゃった!!「みやざきさぁーん。私もう帰るわぁ」が口癖。ここにいたら病院も美容院もデパートも好きなようには行けないし、好きなだけお金使う事も出来ないから、ストレス溜まるんですって。あ!芳子さんにトイレでおにぎり食べるんでしょーって言われ続けて泣いたのはしげちゃんです。一日中パッチワークして一日中折り紙して一日中編み物してもう寝たほうが良いと言われると「24時間じゃ足らんーどうしたらええの」と嘆く。元気に生きたら時間はあるから大丈夫!と言うと「そっかぁ」と次の日からお酢やブルーベリー、黒酢にプロテイン・・あらゆる健康食品を買い始めた。グループホームに来てからも近くの整形外科や眼科、歯科、マッサージなどに通いたいと言う。職員が送り迎えはするがマッサージ中などは施設に帰ってくるっていうやり方で通い始めた。何か月か通っていたある日、迎えに行ってもしげちゃんがいない。看護師さんが「今日はお迎えがないから一人でタクシー呼んで帰ってこいって言われたと言って・・タクシー呼びました。帰られましたよ」と言う。なんという嘘をつくんだか‥さあ!どこに行ったやら・・。
自宅に行き、ご兄弟に連絡し、行きそうなお店を探し回った。これは念入りに計画された犯行だ。妹さんからお小遣い10万円を受け取った次の日の犯行だ。

しげちゃんは前日吹田市の市報でアサヒビールの見学に行くとビールが飲めてお菓子がもらえることを知ったのだった。アサヒビールを見学し売店で買い物をして久しぶりの自由を満喫した。が、帰る先の住所がわからない・・困った!!カバンの中をひっかきまわして弟の家の住所を探し当てた。が、到着したその場で弟氏にこっぴどく叱られタクシーに乗せられめいの家に帰って来た。待ち構えていた私は、しげちゃんにカバン全部渡してと言いカバンに手を触れた途端、玄関先の床に倒れて手足をバタバタさせて「いややー」「いややー」と叫び続けた。しげちゃんは昔金持ち病と言われた糖尿病で、甘いものやカロリーの高いものばっかり食べるから血糖値がやばかった。なのにお菓子屋さんができるくらい沢山のキャンディやチョコレートを買って来た。我儘な子供のように寝転がって泣いているしげちゃんは実は泣いていない。涙も全く出ていない。おかしが返してほしいだけなんだ。この日の後もずっとこの攻防は果てしなく10年くらい続くのだけどなんだかちっとも嫌いになれない。
廊下で寝転んで泣き叫び、リビングで椅子をなぎ倒しオヨヨと泣き崩れ、トイレに籠城し、それらのすべてはお菓子に纏わる。お菓子とサプリメント以外のことは諦められるがお菓子だけは絶対に闘いたいようだ。13年間、私はしげちゃんといろんなところに買い物に行った。旅行もした。何でも衝動買いするしげちゃんは「これにしとくわ」と言い値札も見ない。働いたことないし、会計はお母さまだったし、そうなるよな、とどこかで納得してしまっていた。99歳で亡くなったが、亡くなる日まで折り紙を折っていた。新聞を読んでいた。ホラー映画を笑いながら見ていた。
24時間じゃ足らん‥忙しい日々を送った婆様だった。

後悔ばっかりだよ、しげちゃん。
まだまだ充実した毎日のためにできることはあったんじゃないかなってね。
今度会ったらしげちゃんの大好きなチョコレートとバナナを とりあえず気持ち悪くなるくらい食べよう。ごちそうするよ。

~しげちゃんという呼び方について~我が家では本人の呼んでほしい呼び方で呼びます。なんて呼んでも振り向いてもくれない人が「おかん」と呼ぶと「はいよっ!」って答えます。それならおかん でしょ。しげちゃんはお母さまがそう呼んでおられたようで親しい人にだけ許された呼び方です。新しい職員さんには「あんた!!しげちゃんなんて言わんといて!」とすごい剣幕で怒りますから。
いろんな呼び方の方々が登場しますがご家族とご本人の了解の下、愛をたっぷり込めて・・。ご理解いただければ幸いです。

これが一つ目のめいの家のやり方かと。