七話 あっちゃん 大丈夫。大丈夫。辛い事はもらってあげるけん。  

多発性骨髄腫。あっちゃんは大きな病を抱えてやって来た。緊張した面持ちで端っこの席に座り、一人一人に頭を下げて「よろしくおねがいします」とご挨拶してくれた。ご主人他界後アルツハイマー型認知症を発症、一人娘さんと同居していたが朝早く起きたり夜中に何度もトイレに起きたり就労している娘さんは疲れてしまい入居に至った。その頃はだんだん思うようにならないせいか気も立って怒りっぽくもなっていたようだけど、私たちが出合ったあっちゃんは笑顔の可愛い、おっとりと本当に優しい婆様だった。皆と仲良くなるのに時間はかからず利用者にも職員にも愛される癒しの人だった。大きな病で病院に通い、時には検査で入院し、でも「大丈夫よー心配せんでいいんよ。すぐ帰るからね」とまわりを気遣った。一度だけ本当に一度だけあっちゃんは立ち上がって怒ったことがある。トイレに行こうと手を引いていたら怒って職員を叩いた入居者さんに「だめよ!!そんなことしたらいかん。優しいしなさい。辛い時はもらってあげるけん。」と大きい声を出した。辛い時はもらってあげる・・と言った。辛い病魔と闘っている人が、だよ。また、由香が辛いよと言った時がこの写真。

あっちゃんはぎゅっと抱きしめ「そんなこと言ったらいかん。私らだって辛い事通って来たよ。なんとかなるよー。がんばるしかしょうがないんだから、だからがんばろう」ってね、廊下の真ん中で由香を抱きしめ背中をさすって優しすぎるゆっくりした口調で、私らだってまだまだ頑張るんよって言っていた。廊下のこっちから見ていた皆が感動した。あっちゃんは、何かある度に抱きしめて「なんとかなるよぉ。だいじじょうぶよ」と言ってくれた。ジーーーンと心に届くんです。
あっちゃんには仲良しさんが出来て、三人はいつも一緒にいた。手をつないで体操に、散歩に、お買い物に。いつも未来の話をしていた。三人は富士山に登る計画を立てた。三人で一緒にご来光を拝むという計画だ。あっちゃんの娘さんに話すと「叶う約束にしましょう」と言ってくださった。そして娘さんご夫婦とあっちゃんは富士山の下見にも行ってくださった。足を鍛えるべくスクワットなんか頑張っていたが、なんせあっちゃんは大きな病気で、喘息もあったりで・・だから男の子たちが背負って行こう計画まで出てきた。みんなどうにかあっちゃんを富士山に連れて行きたかった。
さて、どうして「あっちゃん」と呼んだかだ。「長年○○さんの奥さんと呼ばれてきたんよね。ここでは奥さんじゃないやろ。学生時代の呼び方がええよ。あつこさんよりあっちゃんがええよ。どう?」あっちゃんは「あっちゃん」と呼んでほしいと押しの一手だった。「みんな友達じゃけん」という理由で。なんか、あっちゃんらしい。でも、娘さんはあっちゃんと呼ばれているお母さまを知らないと言われた。新しい世界!「あっちゃん」が誕生したんだよ。全員があっちゃんと呼んだ。

頭の先から足の指の先まで優しさでできているあっちゃんは自分が辛くてだるくてしんどい時もリビングでお布団にくるまりながら皆を想いやった。皆の話を聞いて微笑んでいた。

私はそのあっちゃんしか思い出せない。積極的に治療するのを止めて、出来る限りで楽しく暮らそうと決めて、とにかくいつも笑っていたあっちゃんしか思い出せない。どんどん動けなくなって、寝てばかりになって、ふわふわしてご飯食べなくなって、娘さんがそばで泊まってくださるようになって・・・その頃のあっちゃんを私は覚えていなくて。自分で消去しちゃったんだろうかね。            皆と共にあった日々だった。柔らかい白い手を私の背中は覚えている。三人の仲良しさんは今一人だけになっちゃったけど、いつかこの世界からマスクしないでいいよ、好きなところに行っていいよっていう日が来たら、あっちゃんたちを連れて富士山に行こう!!!   いつかそっちの世界に行った時はあっちゃんを探します。抱きしめてね。また、いつか!!!

あっちゃん、私も辛い事はもらってあげる・・って言える人になるから。見てて。

 

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