二十九話 スナックのママ祈願の100歳、その先へ

めちゃくちゃ男前の大工さんと結婚した。結婚した理由は「男前や~」。
で、男の子を出産し、子供を置いて家を出た。口癖は「男の顔だけに惚れたら絶対にあかんで。男は顔ちゃうからな」

入所日。「酒ある?」「煙草ある?」ウイスキーを一本空けて煙草を二箱吸って、ただの酔っぱらいの婆さんじゃん・・。お酒もたばこも禁止する気はないけど朝から晩までお酒飲む生活はやめたいかな。
神戸の元町、生田神社の前で40年間「ピーナッツ」というスナックを経営していた婆様はとにかく飲む。タバコ吸いながらなんだかんだずっと飲みたい。「焼酎あるか?」「ウイスキーあるか?」「ビールはお腹膨れるからいいわ」などと毎日朝から酒を飲もうとしたし一日に二箱の煙草を空けた。なんとまあお金のかかるひと!!
ずっと換気扇の下に立ってタバコ吸いながら「いいちこ買って来て」「お湯割りがええわ」「酒もないんかここは」「あんたら気ぃきかんなぁ」などと言いどうにかして飲もうとした。朝から晩まで飲んだって平気、らしい。そうやってご飯も食べずにカウンターの中に常連さんを入れて自分はカウンターに座り飲んで歌っていたと自慢げに話す。楽しい毎日だったと思わせる。一方で小さな娘を家に置いて元旦以外はずっと店に立ちかわいそうな思いをさせたとも言う。雨の日、朝方に酔っぱらって帰り玄関を開けると「娘が自分より大きいタオル持って待っててくれたんよ。泣いたわぁ」と嬉しそうに話す。この話と、バナナは卵三個分の栄養があるって話と、遠くの井戸に水汲みに行くんが子供の時の一番大変な仕事やったから水道が出来た時はほんまに嬉しかったんや。あんたら水汲んだことないからわからんやろって話は1000回以上聞いている。振り返ったら忘れているのでまた同じ話が繰り返される。私たちは「それもう聞いたよ、知ってるよ」とは言わない。何回でも「へぇー大変やな」って言うんだけど、あまりに同じ話が繰り返されるんで、皆さん認知症なのに覚えるくらいで。でも毎回ものすごく嬉しそうに話す。とっておきのお話をしてあげているよ!って感じでワクワクしている。どうだ!いい話だろってね。それがね、そんな忘れ方だけど、山本雅矢の名前を覚えた。「雅矢」って呼ぶ。好きな人は覚えられるんよね。私たちは12月の婆様の誕生日に毎年居酒屋に飲みに行った。婆様は若い男の子を引き連れて嬉しそうにフラフラになるまで飲んだ。そして帰ったら忘れていた。目指すは100歳で、100歳を超えた芳子さんの手を握り「あやかりたいわ」と毎日言った。何がなんでも100歳を迎えたい・・のが母と娘の目標になった。そして、去年100歳の誕生日を迎えた。が、この頃にはもう100歳を目指していた自分を忘れていた。100歳の記念の銀の盃も、賞状にも興味はなくお祝いに頂いた高級タオルの入っていた桐の箱とその箱に結ばれていた組み紐だけ「もらっていい?」と持ち帰った。100歳になったよってみんなが次々声を掛けるけどポワンとした表情で誰?何?って感じでね。娘さんも私たちももっとしっかり100歳を喜べるうちに‥って思って悔やんでしまった。婆様は今はもう車いすだけど自分で漕いでいる。トイレに自分で行く、トイレから出てきて「あ!!トイレ行っとこ」ってなる。で、またトイレ行く。トイレ行く・・トイレ行く・・繰り返しトイレに 一時間に10回ぐらい行く事も少なくない。で、夕方疲れ果てて立つことも出来なくなるけど婆様にはその疲れている理由が分からない。なんで立てんのだろ?なんでこんなにしんどいんだろ?でも、トイレ行っとかないと!!って今度は不眠になる。私はつい最近まで100歳目指して生きて、人生の最後トイレにしか行ってないなんてないわッて何とかしないといけないって思ってた。もっとゆっくり楽しい穏やかな。。ってありきたりな事を。違うよね。このトイレに行っとかなきゃって言う不安を忘れてまたトイレ、またトイレ、これが100歳まで生きた証なんだと思ってね。トイレ行っとかなきゃ!が体を作り精神力を支え今の婆様がいる。目標なんてなんだっていい。トイレが全てでも100歳まで自分でトイレに行けてること自体がすっばらしいことだから。

今日も朝からトイレの前には婆様の車いすが止まっている。今日も一日が始まった。

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