十四話 原田呼んでくれっ!!
大手企業で重役を務め、退職後は奥様との~んびり過ごしていた。が、奥様が病に倒れ息子氏夫婦と同居、その頃からは食っちゃ寝食っちゃ寝、で、銀行に通い通帳記入がもっぱらの趣味になっていた。元々お金の計算が早く、金銭管理が得意だったこともあり自分の通帳に執着した。ところが、銀行のカウンターに通帳を忘れて来たり印鑑をなくしたりいろいろ忘れっぽくなり銀行に迷惑かけるようになって息子さんが通帳を預かった。そしたら・・今度は本当にすることが無くなって寝っぱなしになった。これじゃだめだと息子さんはデイサービスを進めた。一週間に一回でいいから言っておいで、友達出来たら楽しいよ、と半ば無理やり行かせた。そしたら!そのデイサービスで優しくて親切なおばあさまと出逢っちゃった。元々頭も回転が速いし賢い人だもんで、そのおばあさまの家を聞き調べ・・自転車押して行っちゃった。なんか怪しいぞっ!と後ろから息子さんに尾行されてるなんてつゆ知らず、爺様はそのおばあさまの自宅前で確保されたのでありました。その後めいの家のデイサービスにも来るようになりまして・・集団行動は苦手だし、将棋は出来るけどほぼマイルールで通用しないし、食べ方は汚いし何を聞いても返事もしない、自分勝手な人でさ。唯一「あんた、給料いくらや。俺の息子は100万以上もろてんねん。勝てるか?」とほくそ笑む時だけ会話になる。その後一年くらいで認知症の進行と相変わらず銀行に行ってしまう行為が危険なのと女好き♡で息子さんの奥さんが疲れて倒れてしまい入所申し込みとなった。
実は趣味はギャンブルで、行きたい所は?と聞くと「競艇場」と言う。井上拓也と山本雅矢が爺様を連れて競艇場に行ったけど人波にのまれてただただ興奮して何もせず帰って来た。実はドキドキ小心者。なので、原田が競馬のG1レースのある時だけ場外馬券売り場に馬券を買いに行ってくれるようになった。爺様は3日間新聞とにらめっこして3000円分原田に託す。ただ、お金の管理と計算にシビアなので絶対に3000円以上は賭けない。金曜から日曜までずっとずっと「原田は?」「原田呼んでくれ」と言いつづける。誰の名前も呼んだことない爺様が初めて覚えたうちの職員、原田信之。生涯、「原田」しか覚えなかった。
宝くじも大好きでジャンボだけ買う。自分で買いたいだろうと原田が連れて行くと「宝くじを買う」というだけで興奮して吐いたりする。宝くじ買う前に嘔吐物にまみれて撤収したことだってある。ぴいは「絶対に吐かないでよ。落ち着いて!まだ宝くじ当たったわけじゃないんだからね」と説得しながら原田と一緒に連れて行っていた。もちろんビニール袋とタオルをいっぱい持って行く。爺様と出かけると何が起こるか分からないから。そして、宝くじを買ってから当選発表の日まで「当たったらあんたに一億やる」とか「ベランダ大きくしたろ」とか「うまい肉食いに連れてったろ」とかみんなに言う。もう当たった人みたいになる。10枚買った宝くじの番号は暗記している。すごいのよ!でも、「まだ当たってない」なんて言うともう喋らんようになるから、皆爺様が喋るのが嬉しいから当たったら頼むね、うれしいわぁって盛り上げ続ける。そして、当選発表の日。当たってないとわかるや否や「次のジャンボに当たるための予行演習」だと言う。が、明らかにへこんでいる。競馬も宝くじもちっとも当たらないんだけど、私たちは皆どうか生涯一度だけ何か当ててあげてください!と祈っていた。心から祈っていた。
トイレの帰りに、あれ?今どこ行った?って廊下を見ていると他の人の部屋から出てきて速足で帰っていった。ん?何か怪しい・・そーっと行ってベットに寝ている爺様の布団を剥ぐと・・さっき入った部屋の女性用の下着のパンツを被って寝ていた。私は吹き出しながら「何してんの?」と聞くと静かにスローモーションくらいゆっくりパンツを取り枕の下に忍ばせた。なかったことにして寝た。こんなことが日々起こる。笑いが絶えない。本人はいたって真面目にやっていて笑わせる気なんかまったくない。なんでこんなことするのよって聞いたら「一回被ってみたかっただけや。あかんのか」と開き直った。「いいわけないやろ!」(笑)
面白い逸話が 数々残されているこの爺様は2015年から2019年と実は短い付き合いだったのに、中身が濃すぎて・・。春のある日、皆は近くの留学生会館さんのお庭を借りてお花見をしていた。爺様は「寝とく」と言い由香が居残りで傍にいた。「お花見しながらお弁当食べたいなぁ」って由香に言われても知らん顔で、お茶を飲んではちょっと寝てを繰り返していた。お花見も終わり・・冷たいお茶が飲みたいと二口。大きな息を二回吐いて逝った。日常の中で人生を閉じた。
G1やジャンボ宝くじを見るたび、「原田呼んでくれ」と爺様の声がする。
職員も一緒に馬券を買い、日曜日は競馬中継をみんなで見て興奮した。
宝くじも一緒に買い新聞と照らして騒ぎまくった。
爺様は表情も変えず皆を見ていた。
ここにいて、楽しいことあったかなぁ。
そっちの世界に原田いなくて困ってないかなぁ。
私たちは、本当に楽しかったよ。
あなたのような自由でひっちゃかめっちゃかな爺様にはもう会えんわ、きっと。