十八話 感謝します。天にまします我らの父よ・・・。

2010年の出来事です。

あやこさんは明治43年生まれ。豪邸に一人暮らし。息子4人。気丈な母はキリスト教徒でしっかりしていると思っていた。お風呂は使った形跡がないし、冷蔵庫も洗濯機もカビでぐちゃぐちゃ。長男を除いた3人の息子は一か月交代で母と同居を始めた。そしてめいの家のデイサービスを利用開始。礼儀正しいあやこさんに職員は、呼びつけられて返事の仕方や、お茶の出し方、挨拶など叱られながら教わった。ちゃんとお化粧して綺麗なお洋服で背筋を伸ばしてやってくる・・けど髪の毛洗ってんのか洗ってないのかわからんまま・・お風呂誘うけどずっと「家で入ってますから結構でございます」と言われ続ける。長めの髪をくるくるお団子にして止めてあるんだけど開けたことない玉手箱みたいになってる!!刺してあるピンは錆びついて髪の毛も錆びて、お団子にかぶしてあるネットはコテコテカチカチで動きもしない。どうにかお風呂に入れんといかん!!
息子さんは母が「大丈夫」というものをそれでも!と手伝うのはなかなか難しく、お風呂やお化粧、ファッション関連は知られざる世界だ。母ではあるものの異性で立ち入らない領域にある感じ。なので、息子さんたちはお風呂に入っている母が中で何をしているかは知る由もない。きれいに洗っているはず。洗髪しているはず。であった。
「家で入っているからいいと申し上げております!」「私が汚いとおっしゃるの?」と怒るあやこさんを「お化けが出たら怖いから付いてきて~」と涙ぐみ、嘘八百並べ立ててお願いした挙句、仕方なくお風呂場に来てくれた。お風呂場に来てくれるまで一か月はかかっている。長い長い道のりだった・・それでも凛として私たちの意見に合わせてくれることは一度もなかった。でもまぁ・・やっとね。
お互い裸になりお互いに洗いあった。わきの下や柔らかいところは全く洗えていなくて垢がカサカサになってくっついていた。髪は最後まで拒否されたので頭から二台のシャワーを惜しみなくかけて「イヤー!!申し訳ございません!シャワーが!あ!あ!」などと小芝居を組み合わせてお団子を解いた。ピンが錆びて髪に巻き付いているし頭皮の油でべたべたの髪は団子状になったまま・・。シャワーを掛け、シャンプーを付け、少しずつ少しずつほどいていく。髪は腰のあたりまであり、きつく三つ編みに編まれていた。5回ほど洗い、サラサラのグレーヘアとなったがこの長さ、ただ伸びに伸びただけだよな・・即座に息子さんに電話!半分の長さに切った。
次の日、あやこさんは一年ぶりくらいで髪を洗ったせいかな、風邪を引いた。
「もう二度と行きません!!」と電話があった。それでも「おねがーい!あやこさんがいないとさみしいのよ。手つないでくれないと怖くてトイレも行けない」と言うと「仕方ない子ね。しっかりしてほしいですね」と言いながらまんざらでもない顔で車に乗ってくれた。
手を引いても、ご飯をよそっても、コーヒーを入れても、靴をそろえても、どんな小さなことでもあやこさんは「ありやとう。ありやとう。主の御名において感謝いたします。」と手を合わせてくれ、隣に座ると讃美歌をみんなに聞こえるように大きな声で歌ってくれる。
息子さんからグループホームの入所申込が出た。「三人の息子さんとの一か月交代母と同居の巻」はギブアップ!の時が来たんだ。
平成23年春、102歳のあやこさんは入所した。食欲も少しずつなくなっているように見えたけど、口は達者で、怒るし謎の理屈は言うし好き嫌いは激しいし、でも若い女の子たちにはものすごく優しくて甘い・・んだ。年に一度の一泊旅行に行った時、着いてすぐみんなで大広間でお昼ご飯食べていたら急に宴会用のマイクを握り、演説し始めた。「私が本日ここにお邪魔致しましたのは、他でもございません。皆様に聞いていただきたい大切なお話があるからでございます。」大きなしっかりした口調では演説は10分ほど続いた。一緒に旅行に来られた三男さんはずっと両手で顔を覆い‥困っていた。苦笑っていた。そして、もう無理!!って無言で母のマイクを取り上げられた。息子と母。面白い。その後の宴会でもマイクを握り大きな声で賛美歌を歌い主の祈りをしてくれた。皆の演芸に掛け声をかけ、手拍子して盛り上げてくれた。その度 息子さんがため息をつき困っているのを私たちはビールを注ぎ励まし、一緒に楽しんだ。パワフルな102歳は疲れを知らんかった。面白い!本当に!!明治生まれは謎に満ちている。そして、感謝を忘れない。
その夏、大好きな甘えびとホタテ以外は全く食べなくなった。
もう一度おうちに帰ろう!とご家族全員の意見が一致したので、私たちはあやこさんと家に向かった。4人の息子さんご夫婦、お孫さんたち、曾孫さんたちが待つあやこさんの家に。家に向かう途中であやこさんが身を乗り出した。「そこを右。気をつけなさい!左に寄って。まだ真っすぐに」と家までの道をナビゲートしてくれた。痩せて立つこともやっとの身体で。家の前には息子さんたちが揃って待っていてくださった。皆の前で、笑顔で演説し好きなものを食べて家の中をじっと見まわして・・ずっとあやこさんは微笑んでいた。
帰りの車で「ありやとう。ありやとう。感謝いたします。主の御名において。感謝いたします。」と手を合わせずっとずっと感謝し続けてくれた。運転している職員と私は、うなずくのがやっと・・その日のすべてに感動していた。
一週間後、台風の日の夜にあやこさんは自分のベッドでふぅーっと二度大きな息を吐いて旅立った。雨と風の吹き荒れる中、関西にお住いの二人の息子さんが来られるのを待って・・静かに逝った。

あやこさんらしくない静かな旅立ちに驚きつつ、私たちはあやこさんの小さな秘密を息子さんたちに打ち明けた。あやこさんは誰にも内緒で鼻とほっぺにシリコンを入れていた。そして、若い女の職員に「整形手術は絶対にダメよ。止めておきなさい」と話して自分のほっぺのシリコンを触らせてくれていた。「ここ・・」と息子さんの手のひらをあやこさんのほっぺに持って行くと「このやろう」って笑ってみんな「あやこさんらしいな」と笑った。いつ?どこで?何で誰も知らん?って話になったけどこの話にオチはない。あやこさんしか知らないトップシークレットですから、ね。皆が話してるのを聞いて舌出してるよね、あやこさん。

一話の芳子さんもあやこさんも。明治生まれは奇跡の面白い人ぞろいで、その中でも100歳を超えてくる人は本当に超人です。
この先もう二度と明治生まれには会えない。またいつかそっちの世界でいっぱい話聞かせて、ね!

 

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