十九話 鋼のメンタル

おめめクリクリで小さくてぷっくりしてお人形さんみたいに可愛い少女は、親の勧めで顔も知らない10歳以上年上の方の元に嫁いだ。その時19歳。まだ子供っぽいあどけなさを残していた。嫁ぎ先は旧家で代々伝わるしきたりが山ほどあってそれをお姑さんから引き継ぐ。旧家のお姑さんはとても厳しく、自分が教えてもらったことを同じ厳しさで伝え続けた。19歳の少女は毎日毎日井戸水を汲みながら水の音に紛れて泣いたそうだ。帰りたくて帰りたくて、母さまに会いたくて泣きはらしていたそうだ。誰も助けてくれない家の中で 一年後、息子を産み、そのまた一年後もう一人の息子を産んだ。その二か月後、21歳になっていた彼女は、郵便配達のお兄さんと駆け落ちした。次男はまだ首も座らずおっぱいを飲んでいただろうね。二人の息子を置いて駆け落ちした。
そのまま、関西から郵便屋さんと関東へ。着の身着のまま逃げた。そして、郵便屋さんとはすぐに別れて新しい恋人とカフェで出会う。二人は一緒に暮らし二人の息子を授かった。・・・・・が。彼女はまた顔見知りの男と消えた。息子たちを置き去りにした。私が出会った時は、商店街の片隅のカウンターだけの一杯飲み屋の二階に住んでいた。その店はお妾さんになった彼女が旦那様に頂いたものだったが、旦那様も高齢になり亡くなった後本妻さんにその家から出て行け!!って言われた、そんな時だった。その頃、彼女はもう一杯飲み屋のおかみさんができるような状態ではなく、大根炊いたら火をつけたのを忘れ、ぼやを出すような物忘れが現れていた。このままでは火事になる!しかも本妻さんに追い出されたら行くとこないって私たちに声がかかった。
まだその頃、ぴいたこがあったのでたこ焼きとみかんを持って会いに行った。飲み屋の入り口を開けると小さな婆様が車いすに座っていた。「はじめまして、こんにちは。一緒にたこ焼き食べようと思って来ました!」って声かけたらね。きっとこの人すごくかわいかったんだろうなぁって思わせるクリクリお目目で私をにらみ「それ何?」「おミカンです」「たこ焼きいらんわ、ミカンもらったるわ」と手を出した。「もらったるわ」!?!。みかんを渡し、カウンターを通り抜け住居のある二階へ細くて急な階段を上がる。一つ目の部屋はお布団が鎌倉みたいにこんもり、今ここから抜け出しました みたいな形で、窓ガラスは割れて北風が入ってきていた。奥の部屋は天井が落ちてきてそこからコケや草木が生えていた。机にもキノコや草木が茂っていた。トトロの世界のような昔々にタイムスリップしたような不思議な感覚だった。その片隅に、昔ながらの洋箪笥があり取っ手に淡いピンクのスーツが掛かっていた。大きな金ボタンのスーツが部屋と不似合いで浮いていた。箪笥の扉を開けると小さな足のパンプスが一足。ヒールの高いそのパンプスは銀色。さっき睨まれた婆様とはかけ離れたキラキラした世界が見えた。面談を終えて、生き方は大嫌いだけどほっとけない。連れて帰ることにした。これからゆっくり聞かせてもらおうじゃないか、息子を4人も置き去りにしてまで手に入れたかったものは何だったのか!!と闘いモードで婆様の手を握った。
この人はタイトル通り「はがねのメンタル」を持っている。80歳を超えたその時も自分の好みの男がいると眼差しが変わる。明らかに狙い始める。
例えば、便利屋ももぞうが玄関のソファに座って職員と話していた・・きっとももぞうの事気に入ったんだろうなぁ・・ももぞうの前まで行って急にももぞうに寄っかかって倒れた。ももぞうの顔見ながら微笑んで倒れた。「だいじょうぶ?」って起こされると抱き着いた。こんな命がけの小芝居を通常運転でやり続ける。ただ、好みがはっきりしているので気にも留めない男もいる。いくら傍にいる人にバレようともそんなことは何でもない。標的さえ落とせればいいのだ。女の武器、最大限利用して生きてきたみたい。どうしてこんなことに、ね。
私は、婆様が死ぬまでずっと、息子は?長男の名前は?どこで産んだ?何で捨てた?次男の名前は?三男はどうしてると思う?四男の名前は覚えてる?って聞き続けた。部屋には息子さんたちの名前を書いて張っていた。そんなことしても何も変わらなかった‥男を見ると息子を忘れちゃう特性がある。何より自分の恋心を大切に生きている。このメンタルには敵わない。何をどう言っても泣いても怒っても男が現れたら何もかも終了っす!!こういう人は子供を産んだらだめだわ。強く思った。
長男さんは、うっすら母を覚えているらしかった。亡くなるまでの8年間、毎月お小遣いを送金してくださって面会もされたし、クリスマスなども一緒に過ごされた。おうちからめいの家まで片道4時間。新幹線に乗って自分を捨てた母のために通ってこられた。お顔がまた・・驚くほどそっくりでいらして・・。他のご兄弟にも一度みんなでめいの家に集まりませんか、と手紙を送られたが皆さん来られることはなかった。それが普通!!当たり前。長男さんがいい人すぎて逆に辛すぎた。
鋼のメンタルは時々長男さんを呼べと言う。「金持ってこいって言って。行きたいとこもあるのよ。息子なんやから当然や。私が困ってるって言いなさいよ、すぐ来るわ、来ないとおかしいやろ。なんでほっとくの?私が困ってんのに。」と言って騒いだ。小さな女の子が親を困らせているような金切り声で「ヤメテーイヤーキャーー!!!」で、自分の言い分を通そうとする。もしや、この人ってずっとずっとこうやって生きてきた?
腹が立つより辛すぎた。悲しい話。
飽きれても腹が立っても悲しんでも それでも私は、ずっと息子の名前を忘れてはいけないと言いつづけ、二度も息子を捨てて逃げ去ったことを責めた。母がいない方がいい人生なんてないよね。婆様はいつもうっすら笑って聞こえんふりし続けた。
ある冬、おミカンを抱えてこられた長男さんの冷えた手に両手を重ね「ありがと」と婆様は言った。初めてありがとうって言った。「持ってきたミカンにありがとうって言ったとしてもちょっと胸のつかえが取れましたね、来てよかった」と長男さんは笑っておられた。婆様が亡くなって「育ててくれた義理の母への恩義があるからお骨は持って帰らないつもりだ」と言っていた長男さんは葬儀の後 婆様の部屋をかたずけに来られ「使えるものは全部使ってください。捨てていただいて結構です。私は何もいりません。でもやっぱり連れて帰ります、母ですからね。」とお骨を抱いて帰られた。

この愛  伝わっていますように。

 

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