二十話 息子はポンコツ説

私の母はこの7月で86歳になった。私の弟夫婦と孫娘と暮らしている。平和な家庭だ。そりゃあ嫁に対して文句も言うし、孫娘にも厳しい事もいっぱい言うけど幸せな家族だと思う。母の何より一番は息子。一流大学を出たのに鍼灸師になんかなって!ってグチグチ言うし、こんな未来はちがうらしいのだ。息子が好きすぎて自分の思う素敵な生き方をしてほしと願って止まない。息子は、知らん顔しているが端々に母が大好き!!が漏れている。なんなら母は死なないと思っている。だから、母に何か起こった時に受け止める器がない。まさか、まさか、まさか・・って思うだけで思考停止。オロオロするばかりで何も決定できない。これは愛しすぎているからだ。・・きっと弟がこれを読んだら私を無視する。はず。

ふみこさんは、前妻の息子と自分の息子を同じように愛して育てた。前妻の息子さんは「感謝しています。いい母です。実の母がいないさみしさを感じたことはありません」と何度も会いに来られた。いいお母さんだったんだなぁ。
長男さんは兵庫県、次男さんは関東で仕事をしておられた。母は息子たちの一人立ちを応援し、ご主人を看取った。下町暮らしでご近所さんと仲良く暮らしておられたのでご兄弟は安心していた。母のお家は古いお風呂だったのでご兄弟はボタン一つでお湯張りができるお風呂をプレゼントした。「好きな時には入れるよ」「うれしいわ」と小躍りして喜んだ母だったんだ。次の日、あれ?お風呂に水を張ったがガスの器具がなくなってる。お風呂場が変わってる。何?お風呂が沸かせない。何をどう触っても何が何だかわからない。ガス屋さんに電話した。説明されて一安心!次の日も次の日も同じようにガス屋さんに電話。大きく説明を書いてくれたガス屋さんは優しい・・な。でもその説明には目も触れずガス屋さんを呼ぶ日々。そのうちガス屋さんが消防署になり警察になった。困った時はお巡りさん!!だよね。銀行で上手く出金できなくなって警察、買い物に行く道が分からなくて警察、昨日買い物したこと忘れて冷蔵庫の中に知らんもんがあると警察・・お巡りさんは困りました。ご近所さんに息子さんの連絡先を聞き知らせた時、ふみこさんは老人性鬱病を発症していた。一日中畳の隅っこのぺったんこのお布団の上で寝ていて、夕方になると不気味な・・不安だらけになる。もうお風呂には長い事入っていなかった。息子さんたちが良かれと思ったお風呂最新システムが思いもよらん病気を発症した。一人では暮らせないけど一緒に暮らすのも難しい。なかなか決められない次男さんの背中を押したのは長男さんで、二人は住み慣れたここで入所の決断をした。ふみこさんは鬱症状が顕著でフワフワ天女みたく浮いていた。「わかれへーん」「しらーん」「そーかなぁー」ってか細い声で返すが実は何にも考えていないっていう返事で、考える気もなかった。何か食べたいものある?「わかれへーん」お風呂入ろうか?「しらーん」パジャマに着替えようか?「そうかなぁー」要領を得ない上に生きる気力もなく彷徨っている感じ。次男さんは毎週末、電話してこられた。まずは職員にどうしていますか?そして母に一週間の報告と楽しい事はあったか、友達は出来たか、お風呂には入れているか‥という質問だ。うちで暮らして7年9ヶ月。その電話は途切れたことはない。忘れたことは一週足りともない。愛が深く重い。優しさに満ちている。母の日とお誕生日には花束が届き、お正月と夏休みのすべてを母のもとに通ってこられた。
が、母の今後の話ができない。どこで死にたいですか?延命はしますか?どれも決められない。辛くて悲しくて考えたくない。どんな状態になっても生きてほしいと思っているし、話せなくても、呼吸を機械が手伝っていても生きてほしいけど、延命するという選択も出来ない。考えたくない。どこかで生きていると思うだけで力になると涙ぐまれる。大好きな母の未来は決められない。ただ怖いんだ。
ここで 息子ってポンコツ論。これってバカにしてるわけじゃないよ。全然違う!
ただ大好きなんだ!好きすぎて現実を直視できないんだ。何も決められないんだよね。「ほんとに息子ってさ、ポンコツでしょう。すみません!!何を決めようと思っても昔の母が出てきます。腹に力入れたら涙が出ます。決めてください、お願いします。」とご本人が言われた。私が決めんの?!なぜ私?!私はずっと息子は皆ポンコツって思ってる。私の弟も、母のことになるとポンコツだし、今まで出会った息子さんたちは皆多かれ少なかれ・・愛すべきポンコツだった。娘たちみたいに腹くくれず、母の死から現実逃避する人がかなり多いのだけど、みなさん可愛い愛おしいポンコツだ。言っておきますが、母のことになると・・ですよ、ポンコツは。
こんだけポンコツポンコツ書き続けたら腹が立っている人もいるかも・・ごめんなさいね。「僕はそんなんじゃない、決められるさ。」っていう人だっているだろうからね、全ての息子たち!ごめんなさい。
話の続きをするとね、次男さんは決められないまま時が過ぎ、出来る限りの延命しようとしている矢先、母は亡くなった。どこでどう死にたいと願っているか考えてあげて欲しいと話した直後だった。病院で亡くなった早朝、電話をくださった次男さんは「どう死にたいかは、どう生きたいかと同じことですって言われて考えようとしてたんですっ!間に合わなかった」と人目もはばからず大泣きしていた。
 私たちはお通夜に行くときに故人のめいの家での写真を貼れるだけコルクボードに貼って持って行く。ここで生きた時間を届ける。亡くなってもうすぐ8年。息子さんのおうちの玄関には今もこのコルクボードが飾られているんだ。
ポンコツさんは今も自問自答しているらしい。母にとって何が一番だったんだろうって。
息子って母のこと知らないなぁって思ったそうだ。

だから、世の中のお母さん。
息子のために、自分の最期の希望を明確にしておくのがいいと思います。
延命するしない、献体するしない、臓器提供するしない、認知症になったら受診するしない、どこで死にたいか、施設入るか、あんまり無理なお願いしないで、でも言いたい事は全部書いて伝えて自分のことは自分で決めておくと息子を悩ませずに済むから。
ちゃんと聞いていても母の意に背いて延命した息子さんを知っているけど、10年経っても後悔が止まらないよ。だから、ちゃんと伝えなきゃね。「延命なんてしないわよ、ピンピンコロリ死にたいわ」と殆どの人が言うがそうでない婆様もいる。呼吸器付けてでも生きたい?って娘さんが聞いたら「そりゃあそうやろ。生きたいに決まってるやないか。当たり前や」と言った100歳がいる。100歳になってもなお生きたい欲MAXの人だっているしね。それはそれで頑張れって思う。
これきっかけで一度自分の死に方を考えてみるのもいいかもって思います。
 

息子ポンコツ論・・いかがでしたでしょうか?

全ての息子氏に告ぐ。
ポンコツって言われようと、全霊で母を愛する姿には心打たれています。
私はポンコツ息子軍団、結構好きです。優しさだけでできているんだもん。

今回、失礼な言い方があったかもしれません。気を悪くされた方がいらしたらどうかお許しください。

 

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