三十一話 みっちゃん63歳。

出会いは、精神科の病院。入院して三か月。背の高いナイスなバディの可愛いいお姉さんって感じ。
長すぎて組んだ足が邪魔になるくらい。立ち上がると、170㎝は越えていそうなモデルさん体形。不思議そうにこっちを見て、フニャフニャ女子っぽく体をくゆらせている。「おばあちゃん」とは言えない。若すぎて・・どう話しかけていいか迷うくらい。話し方もゆっくり小さな声で、でも姿勢よくピンっと背筋が伸びていてね。・・・・・。
彼女の名は、みっちゃん。家族5人、パートしながら子育てする一般的な、ごくごく普通のお母さん。ちょっとずつちょっとずつ若年性認知症は忍び寄ってきたようだ。ある日、みっちゃんはマンションの管理人さんに助けを求めた。「家に知らない男の人がいる。怖いっ!!」慌てた管理人さんは一緒にお家に向かう。空き巣か?警察に電話しないといけないと携帯電話を握りしめた。ドアを開けると・・ご主人が立っていた。「この人誰~!!追い出してちょうだい!」と騒ぐみっちゃん。管理人さんは困った。「あ~そうか!夫婦喧嘩か。喧嘩したんだな、そうかそうか」とみっちゃんを管理人室に連れ帰りお互い頭を冷やせば大丈夫って思ったそうだ。案の定、しばらくすると迎えに来たご主人について帰って行ったからホッとしたんだってさ。でもまた次の日も、そのまた次の日も・・。ご主人を忘れちゃうところから認知症状が始まった。長年連れ添って、悲しい事だね。

さて、若年性認知症について、ちょっとだけ説明しとこ。65歳までに認知症を発症した場合。多くは脳の病気で進行していくので、新しい記憶から薄れていく事が多いし、時間や場所がわからんくなったり、今まで普通に出来ていたことができなくなったりする。本当はないものが見えたり、現実には起こってない事を本当に起こっているように思ってしまうこともあるし・・症状は人それぞれだけど認知症と変わらない。でも、家族の負担は違う。働き盛りに発症するし、子供だってまだまだ若い。ん?最近なんかおかしいなぁって思ってもまさか若くして認知症だなんてなかなか思わないでしょ。だから、受診も遅れるし、まさかまさか・・でどうしたらいいか分からない人が殆どだと思う。そして、やっと受診しても 誰が介護する?ってね。旦那さんは仕事あるし、子供たちだって学校や仕事や‥付き合いや、遊びたい盛りだったりするしね。どうにかしなきゃってなる頃にはもうかなり症状が進行している場合がい多いんだ。そして、ご近所さんや親せき、友達 いろいろとにかく恥ずかしい気持ちになってしまう。病に恥ずかしいなんかないって思うよ、でも恥ずかしい気持ちとってもわかる。若年性認知症は、お年寄りの認知症より乗り越えないといけない壁がとっても高いんだ。

そういう理由で、家で一人でいられないし誰も見られないから とりあえずみっちゃんは精神科に入院した。お薬で落ち着かせて三か月後、興奮しないでゆっくり暮らせるようになっていた。引き換えに、ご主人のことも子供たちのことも忘れちゃった。誰でもない知らん人になっていた。覚えていて欲しい、悔しい家族の気持ちといろんなこと記憶からなくなったけど鼻歌唄ってご機嫌に暮らしているみっちゃん。辛い病だ。家族は現実を受け入れるのにいまだに闘っている。会いに来ても「おっちゃん、だれ?」って言われうつむく息子さん、「元気か?」と声を掛け逃げられるご主人。家族の前で男性職員に腕を組み私の背中に隠れる‥こんな辛い現実って。

どうしたらいい?ねえ誰か‥どう言ってあげたらいいか教えて。・・・・そして、家族は誰も来なくなった。誰も来なくて寂しいっていう感情は今のみっちゃんにはないように見える。大好きなのぶちゃんや、雅矢が帰る時追いかけていく事はあるけどね。夜中に寂しくなってリビングに出てきて夜勤の手を握ったり、お布団に入れてくれたり、おかずを一つくれたり、箪笥の中のお洋服を「いる?」って聞いてくれたりするんだよね。人恋しい感じ。

「定年後、二人で旅行したり、子供らの結婚式に出たり、好きな歌手のコンサートに行ったり、趣味の手芸で家の中を飾ったり したいことは山ほどあったんよ。僕は僕でこれからどうして生きようか、頭の中がぐじゃぐじゃですわ。まさかこんな目に合う?こんなことある?ってね、毎日なんでやねんって酒飲んでしまう、あかんねぇ、わかってんねんけど。何があかんか分からんわ。息してんのもしんどいわ」とご主人は泣いた。私は酒臭いご主人の泣き声聞きながら何一つ声を掛けることができなかった。慰めることも、励ますことも、一緒に泣くことも、抱きしめる事も、何もできんで ただ隣に座ってた。しばらく泣いて泣いて鼻かんでご主人は立ち上がった。笑ってた。「ありがとう。久しぶりにちゃんと泣いたわ。しんどいけど息してるわ、僕。あ~スッとしたわ。帰って寝よ。明日も頑張ろ。」って。

人生を語るほど生きてないけど。人生って本当に重い、深い、キツい。泣いて泣いて、悔しくて悲しくて辛くて切なくて・・でも、いつかね、いい人生だったと言える日が来るように、愛おしんで生きよう。

明日の朝をワクワク迎えられる今日を生きられますように。

実は今日、二年ぶりの運動会でした。とにかくはしゃいだ!とにかく楽しかった!とにかく一生懸命!。