三十二話 何が本当?何が嘘?

出会いは・・机の上の70円持ってお家からいなくなって、もう無理だーって息子さん夫婦がSOSを出した日。彼女もまた若年性認知症。65歳の若いかわいいおばちゃん。
ご主人と二人暮らしだったが、何でもかんでも事細かに指示を出し、何でも仕切ってくれていたご主人が亡くなった。たぶんご主人が亡くなったショックから認知症状が始まったようだ。一人では耐えられないほどの悲しみだったのかもしれないね。息子さんは「父の言う通りにしてきたので、母は自分の意志で動くことはできません。」と言った。その話どうり、ご主人が亡くなってから一週間に一度だけ起きて菓子パンやラーメンを食べまくり後の6日間はずっとトイレ以外横になっていた。ゴロゴロして何もする気にならなかったらしい。ご主人が大好きだったんだろかね。息子に進められてパートにも出てみたけどだらだらするもんで、首になった。また一週間の内一日だけ食べるゴロゴロ生活が再開された。体重は40キロを切ってガリガリの真っ白な引きこもりが誕生した。一人で置いておくのはもう無理って息子さんが引き取った。息子さんのお家では見るもの全部食べつくす勢いで食欲が爆発した。息子さん、お嫁さん、二人の小さなお孫ちゃんは、若いばあちゃんの言動にただ!途方に暮れていたのだと想像できる。見るもの全部食べたくて、お金があったら食べるもの買いに行ってしまう・・一人に出来ないし、でもずっと一緒は無理よねぇ。そして、子供たちとお嫁さんが入浴中に事件は起こった!机の上にあった集金のおつり70円を持って若いばあちゃんはいなくなっちゃった。お腹がすいていて「パン買いたかった」だけ。息子んちから出かけたものの土地勘ないし迷子さんです。でも諦めずパン屋を探した。暗くなっていたし皆慌てた。結局近くのスーパーの前で息子さんが見つけたんだけど・・こんなことが繰り返されると生活できないって入所申込みとなった。確かにお金も食料品も置いておけないし、ずっと見張ってることなんかできないよ。お嫁さん、倒れちゃうわ。で、彼女はやって来た。何も話さず、笑わず、お面みたいに無表情なまま座っていた。ずっと黙って座っていた・・でもものすごい勢いで食べた。どんどん体力も付き知ってる顔も増え、歌うようになり踊るようになり、大きな声で笑うようになり、自分の意志では動かないって言われていた彼女は自分の意志で掃除をしたり、洗濯、洗い物、職員より働いている日もある。笑 職員と冗談を言い合い、ふざけてはしゃぎ、一階から三階まで呼ばれたらどこへでも行き自分の意志で懸命に働いてくれる。バンバンテレビのチャンネルを変えて韓国ドラマ見ては泣き、歌番組見ては一緒に歌い、旅番組見ては「行きたいなぁ」、食レポ見ては「おいしそう!食べたいなぁ」ってガハガハ笑いながらここでの生活を楽しんでいる。ちょっとだけ本音を言うと・・息子さんのお家はやっぱり気を使っていたらしく「云いたい事も言えんよ。そりゃぁ息子でもよその家族やんか。悪いやん、わたしがおったら。」と思ったらしい。で、ここは気を使わなくていいと言う。旦那さんの指示どうり動いていたように見えて本当はちゃんといろいろ考えてなんだってできる人だったんだろうと思うけど。楽ちんだったんだってさ。先回りしていってくれるからその通りにすればいいだけって。どの彼女が本当か分からないけど、ここで鼻歌唄いながら掃除機掛けてるこの人は、今を謳歌して生きている。着る者にも全く興味なく、いつも着れたらいい、くらいのいい加減な土色の服を着て、ご主人のそばで黙って座っている暗めの静かな趣味のない人だったんだって。面白い事なんか絶対言わないって。今の彼女はね、ネットショッピングで空色のスカートと真っ白なブラウスを選び、サンタさんの衣装をパジャマに着てはしゃぎ、キャンディーズの年下の男の子を振り付きで歌い、

職員と皆の前でミニスカートはいてダンスを楽しむハッチャけた女子です。ご家族はね、踊っている動画を見ても、水色スカートでピースサインの写真を見ても「信じられない!!」と目をまん丸くして毎回驚かれる。「こんなお母さん、初めて見た!こんなに笑うんですね。」と。そうなんです。こんなに笑うんです。今日も仲良しののぶちゃんと口げんかしながら楽しそうに大食い番組を見る約束をしていた。こういう驚きが起こるたびに、よかった!が溢れる。私、彼女の5歳下。同じ年代を生きている。彼女を看取れるか自信ない。まあいいか、一緒に老いていきましょか、ね。                                   

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