共依存

人間関係の病「共依存」。自分と特定の相手が過剰に依存しあいその関係に囚われている状態のことを指す。・・と辞書にはあります。この状態にある親子はかなり多い。息子と母、娘と母。この共依存に悩まされることがかなり多い。
たとえば、認知症状がどんどん進みお昼間一人でいるのが無理になっても、息子は母を手放さないし、母もまた息子と一緒に劣悪な環境下の家にいることを願う。誰が介入しても頑固として二人は砦を守る。とか・・「母のことは私が一番わかっています」と誰の意見も聞かず、施設に入居したとしても毎日通い毎日母の面倒を看る娘。母もまた娘を待ち娘の言うとおりにしか動こうとしない。とか・・母は何かにつけ電話して全てを報告、息子は電話がないと不安になりじっとしていられず毎日何してるのって なんで電話ないのって電話してくるとか・・いろんな共依存があるが、本人たちはお互いを構いすぎだなんてちっとも思ってないし、なんならこんなに一生懸命やってるのに何文句あるの?・・くらいの感じだ。めいの家にも何人も共依存で入居された方がいるし今までも大勢いた。でも大体は時間が解決してくれる。こちらの生活を楽しむ母、そして自分の生活を取り戻した家族 といういい形でちょっと離れたところから違う関係を築いていかれる、と とても嬉しくなる。
ここに、一組の母娘がいる。母はグループホームに入居してお友達も出来て家事も忙しくここでの生活に慣れてきた。と同時に携帯電話でいろんなことを報告したり相談していたことを忘れ、そのうち携帯電話の存在自体を忘れてしまった。これはとてもいい事、携帯電話がいらなくなって報告などしなくてよくなるほど馴染まれたことが本当に良かったと思ったし、娘さんにもそう伝えたら・・「困ります!!」と言う返事。「相談したい事も話したいこともあるのに、携帯電話持っててもらわないと困ります、何より私が寂しいじゃないですか!」と声を荒げられた。こういう場合、これが一人娘だった場合、どうする?誰に仲裁してもらう?あなたのことじゃなくて母のこと考えてください・・とは言えないでしょ。娘さん、人間関係の病だもん。で、時間をかけてちょっとづつ距離を取って生活しながらちょっとづつ自分を大切にする時間が伸びて、違う関係が生まれてくれたらと願いつつ、でももうこの頃には「共依存」ではなくなっていた。母は、娘以外に頼れる職員をいっぱい見つけちゃって隣に座って「おいしいね」「お散歩行こうよ」と言える友人を見つけたからね。娘さんとはちょっとしたズレが生じてしまった。・・でもね!ここから始まるんだ。新しい関係が始まる。私たちは見守っていくだけ。何もできん。できんけど母と娘の新しい自立を心から応援している。母のことは任せろって力を込めている。

母離れ、子離れ、心が裂ける。でもそれ以上に強い優しい心を持つことができる。                   私たちは今 娘さんにエールを送る。皆あなたと共にいますよ。フレーフレー!!

前の記事

三十二話 何が本当?何が嘘?

次の記事

幻の約束