幻の約束

開所からずっと厨房を守ってくれた90歳の野田忠弘さんは、今年に7月退職した。
珍しく職員全員そろって送別会ができた。野田さんのさばいてくれたお魚を食べて野田さんを囲んで感謝状を渡し、ハワイに行った時みたいなキャンディの首飾りを作り、これからの自由を楽しんでもらうための帽子やバッグをプレゼントした。
野田さんは子供みたいにはしゃいでくれて、皆に囲まれてずっとずっと笑っていた。


「まだまだ来ます。寿司握りに毎月来ますから」と言って 惜しむ皆を励ましているように見えた。その頃は、もう日本酒は飲めないってほんのちょっとビールを飲んでいた。
伊丹から、私の母とかっちゃん先生も参加した。野田さんの大好きな銭湯の回数券をプレゼントしていた。これから野田さん、、仕事じゃないたのしい毎日をどう過ごすんだろ?急に老け込んだりしないでよーって背中叩いて笑った・・瘦せたなぁ、野田さんの背中‥なんてチラッと思いながら、またねって抱き合って別れた。
夏の暑い間は、電車とバスを乗り継いで来てもらうのもしんどいだろうから、秋になったらお寿司握りに来てもらおうって、きっとみんな思ってた。
10月のある日、島田さんが「野田さんの携帯が繋がらないんです。なんかあったんかなぁ」って。           なんか胸騒ぎ・・なんか・・なんか・・。
自宅に電話し続ける・・出ない‥出ない・・出ないやん!
昨日の夜、非常識だとは思いつつ21時を過ぎて電話すると。怪訝そうな男性に声。よかったぁ!!やっと出てくれたぁ!!
「野田さんは元気ですか?」って「野田さんは元気ですか?」って続けざまに二度聞いた。喋り続けたら返事できないよね。…深呼吸…

「10月7日に亡くなりました」

・・・・・・絶句。
気持ちが追っつかない・・いや・・嘘や。
携帯が解約されてる時点で・・もしかしてって思ってたやん。
野田さんが死ぬ?どういうこと?

野田さん、6月に一度検査のためにって2日間入院したことがあってね。その時に肺癌ステージ4と診断されていたそうです。息子さんたちは行けるとこまで行けばいいと仕事に送り出していたらしく、残り数か月の余命だと知っていたそうです。
90歳になってなお調理師を続けている父に病名を告げることはできなかったそうです。

仕事を辞めてからしばらく一か月ぐらいはお風呂行ったり体操行ったり自転車も乗って元気に過ごしていたらしいけど、徐々に食べなくなって、動かなくなって、喋らなくなっていった・・そして3日間全く食べなかったから救急車を呼んだんだって。
その日から10日、野田さんの心臓は止まった。

みんないつか別れる。いつか逝く。
だから、そのいつかが来たんだ。
もう一度会いたかった、もう一度お寿司食べたかった、
もう一度この厨房に立っている姿見たかった、
もう一度、あの味・・あの後ろ姿・・。

何もかも もう叶わないけど、
めいの家の厨房に野田さんがいた事
感謝とリスペクトしかない。

私たちには目を閉じなくても野田さんが見える。
おだしの匂いと共に野田さんの包丁の音が聞こえる。
「野田さん、お昼何?」って聞くと
白い調理帽をかぶった白髭の野田さんが振り返る。
笑っている・・。

またね、野田さん。
かんたに会ったらいつものように撫でてやってね。

幻の約束”へ2件のコメント

  1. 緒方 しのぶ より:

    野田さん、ありがとうございました。
    外部評価に伺った時にいただいた、あの美味しいお寿司の味、忘れません。

    1. meino-ouchi より:

      緒方さん、私たちもまだ気持ちが追い付いていません。変な咳してたし、辛そうな時もあって でも電車とバス乗り継いで通ってくれてた。私からは絶対に退職を促さないって決めていたので、野田さんの気持ちと身体が続き限り居てほしかったし、幕は野田さんに引いて欲しかったから。野田さんは、最後まで料理人でした。カッコいいじいちゃんです!本当に本当に寂しくなりました。野田さんのお料理を褒めてくださって本当にありがとうございました。

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