五話 食べてしまいたいわぁぁ~ おばちゃん。

写真も見ずに親の決めた相手に嫁ぎ、「あまりにどんくさくて何にもできん上に不細工やったから・・実家に帰されてん」と笑うおばちゃんは後にもう一度嫁ぎ、最愛の一人息子を産む。名字で呼ぶと「なんでやのん、水臭いやないの、おばちゃん泣いてしまうで」と悲しんで涙をためるので、みんな〔おばちゃん〕と呼んだ。
おばちゃんは、働き者の御主人の死後、一人で悠々自適に暮らしていた。ご主人の残してくださったもので十分やっていけたから。いや、やって行けるはずだったから・・。
本来、横になってるのが一番好きで何もしたくないしどこにも行きたくないし、規則正しい事なんか大嫌いだし、大体何もできない。ご主人が几帳面で勤勉でおばちゃんのできない事を全部していたから、おばちゃんは一人になったら何もできないししない。うるさく言う人がいなくなって良かったなぁ‥くらいの感じで毎日喰っちゃ寝、喰っちゃ寝 を繰り返していた。優しいお隣さんに買い物を頼み、作ってもらい、あんたの分も買っておいでとお金をいっぱい渡していた。そのうち通帳とキャシュカードまで渡しちゃって自分は一日中テレビ見ておせんべいかじって横になっていたんだと。一か月に一度訪ねて行く息子夫婦がそのことに気付き、認知症?って疑うようになるまで何年もの歳月がかかった。気付いた時にはおばちゃんはすってんてんだった。慌てて息子は母を家に連れて帰り同居を始める。が!!本来何もせんグダグダ生活のおばちゃんが急にシャキッとするはずもなく家族全員にあれこれ口だけ出し、文句言い、ぐうたら度も増した。孫は出て行くと言い家族の不協和音もMaxとなって、入居。
やって来たおばちゃんは、なんとも熊のぬいぐるみみたいにコロンと小さくぷっくりしていて誰とでも気さくに話せるずっと笑ってるおもろい大阪下町のおばちゃんそのもので。すぐに皆と仲良くなり、どんな話も合わせることができる特技は開花した。一話で芳子さんに「その短い脚でよく歩けるわね」と言われ続けたのはおばちゃんです。
そのおばちゃんは由香のことが大好きで、由香の顔を見ると「食べてしまいたいわ」と必ず言う。「ゆかちゃん、おばちゃん待ってるから明日も来てや。ゆかちゃん。ゆかちゃん。」と由香にべったり。その頃、由香は大学生でアルバイトに来ていた。夕方になると窓の横に座って道を眺める。最初は由香を待っている。そして、6年間に一度お正月に一度来ただけの息子が毎日来てくれていると言い、ずっと道を眺めて待つ。学校帰りの由香と仕事帰りの息子さんがその道を通って毎日来るんだそうだ。
道を見つめるその後ろ姿が、侘しすぎる。笑っているんだけど、胸が痛い。来ない人を待つ、毎日待つ。毎日眠るときには「来てくれたよぉ。忙しいのになぁ、来んでええって言うのに来ますねん。」と言って眠りにつく。
部屋には由香の成人式の写真が貼ってある。毎朝「由香ちゃんおはようさん、おばちゃん今日も待ってるよぉ。由香ちゃん来てよぉ。」と写真に喋って自分の言葉に感極まる。一泣きして朝食をとるがその頃にはもう大体全部忘れている。が、由香の名前は忘れない。80歳を過ぎて大好きな人がもう一人できた。幸せな事だ。
おばちゃんはグループホームでもデイサービスでも新しい方が来られると駆り出される。おばちゃんがいれば新しく来た人の緊張がほぐれるからだ。世間話がうますぎる。「あんた、お兄ちゃん元気にしてはるか?」「みんな喜びはるよ、あんたが元気なだけでねぇ」「みんなで食べたらおいしいからね、騙されたと思て、ね」「わたしみたいなへちゃ顔が隣でごめんねぇ」など自虐入りで相手を和ませる。絶妙なタイミングで手を握り「ここはええ人ばっかりやからな、気張らんでええよ」と力づける。これはもう特技なのだ。生まれ持ったテクニックが素晴らしい。人見知りはない。相手が怒っていても泣いていてもおばちゃんはへっちゃらだ。
長い事楽しませてもらった。一緒にいていっぱい笑わせてもらった。
ある日、大好きな由香とお風呂に入った後、おばちゃんは意識を失った。
最後は3日間、大大大好きな一人息子さんに見舞ってもらい付き添ってもらい看取ってもらった。由香は「私は何年もおばちゃんといたから。ずっと一緒だったから。最後はおばちゃんが息子さんとに会えて、看取ってもらえて心の底からよかったって思うよ。おばちゃん絶対に喜んでるって」と笑っていた。
お通夜で息子さんの本音を聞いた。
どうしてもどうしても認知症の母を受け入れられんかったこと。ぐうたらな事ばっかりしてみんなに迷惑かけてることで職員さんに合わす顔がないと思っていたこと、恥ずかしかったこと、せめて自分は一生懸命働いて利用料をちゃんと払うのが務めだと思っていたことなどを語って下さった。
おばちゃんの大好きな息子は、会いに来る勇気はなくともおばちゃんのこと大好きだったんだよ。テヘッ今頃おばちゃんテレてるなぁ・・きっと。

今でもおばちゃんを思い出すと真っ先に出てくる絵は、窓際の縁に腕ついて、夕日が射す道を眺めている姿で。
振り返ったおばちゃんはずっと笑っているんだけどなんか切なかったことが未だに心に痛い。
おばちゃんが亡くなった数年後に息子さんも亡くなった。
2人は仲良くやっているだろうか。
仲良う喧嘩してくれていますように。
おばちゃん、おばちゃん、おばちゃん・・。

この写真は、おばちゃんが人生初!可愛い色のブラトップを買ってお風呂上りにポーズを決めた時のもの。
テレてテレて・・でも少女みたいにはしゃいで喜んで腰に手を当ててカメラに笑った。この笑顔が一番好き。