十六話 胃ろうからの完全復活!エビフライたべちゃった?!

私の知っている昭和の初めに生まれた爺様は、戦中戦後の波乱の時代を生き抜き趣味なんてものは大体なくて一生懸命ただひたすら家族のために働いた人ばかり。気が付けばゆる~い時代になっていてそのゆるさについて行けず、まぎれる事も出来ず寡黙な固い実直な昭和の古き良き時代の男としてちょっと距離を取られる存在で。
彼、島さんもそういう爺様だった。奥様が亡くなって一人ではパンツがどこにあるのかさえ分からない、なのに超偉そうですぐに切れる。嫁がいないなら娘がワシの事して当たり前やろが!的なヤな感じ。すぐ鼻の頭に血管浮くほどイライラして大きい声出すしね。最初に出会ったのは将棋の相手をするためにデイにちょっと来た。でも、デイに来ている皆さんを小ばかにしてすぐに来なくなっちゃった。ちょっと将棋が上手だったらしくて相手にならねぇよってね。それからしばらくして娘さんの持っているマンションの一室に嫌々引っ越してきた爺様は拗ねた。喋る相手もご飯持ってくる娘さんだけで、面白い事言うわけじゃないし、人にやさしくするすべも知らんし、友達も出来んしね。一日中むっつりしていて、ご飯も「いらん!!」とか「こんなもん食べられるかー!」ってお膳ひっくり返したりして娘さんにも話してもらえなくなっちゃった。そしたら食べないから、食べられないになって、胃ろうになった。私は胃ろうになった爺様のおうちにヘルパーさんとして伺った。リビングの窓際に置かれた介護用ベッドに横になりずっと目をつむっていた。何を言っても答えず寝たふりして胃ろうの経管栄養を注入していた。胃ろう・・ってご存じですか?ピアスみたいとか言ったら叱られるかな・・胃に穴開けて直接胃に栄養を注入すると食べなくても栄養とれる!!っていう医療です。点滴みたいに高カロリーの流動物を胃に流すか、注射器でチュっと胃に押し込むか・・まぁそんな感じ。爺様は点滴みたいに流されていた。「一生拗ねとけ!」って思うくらいの憎たらしい態度で顎で人を使い、無視し、鼻で笑う。あ~この人、こうやって拗ねたままやせ細って手のかかる寝たきりになって死んじゃうのかなぁって思いながら、会話らしい会話もしたことないし着替えを無言で手伝ってトイレ行くか聞いても答えないからおむつの中覗いてあとは胃に注入されてる点滴の容器といつもついてるNHKの番組を眺めていた。三か月くらいたったある日、娘さんがあったかいお弁当を持ってきてくださって、お仕事時間終わったら食べて帰ってって置いて行かれた。本当は何ももらってはいけないし、食べてはいけないんだけど断れずに受け取ってしまった。わたし、今もそうなんだけど持ってきてくださったプレゼントを返すことができない。「受け取れない規則」を作ることができない。有難くいただいてしまう。三十年くらい前、奥様が入所されている特養にご主人が自転車の後ろにみかんの箱を積んでやって来た。いつもお世話になってる皆さんにって大きな重い箱を下ろして入口のカウンターに置かれた。すぐさま事務長がその箱を自転車に戻しひもでぐるぐる巻きにして「うちは何も受け取れません。すみませんがお持ち帰りください」と送り出した。そのご主人の後ろ姿が忘れられない。日本にはお世話になったお礼、嬉しかったお礼、幸せのお返しなど素敵な習慣があり感謝をカタチで表す。「いつも家内がお世話になって嬉しい」という気持ちはたった5秒で突き返された。そんなことしなくてもいいんです。感謝のお気持ちはいただきました。皆さん公平に援助するので気を使わないでください。という事なんだけど私は喜んでしまう。ほんとにうれしくて大喜びしてしまう。私たちのために選んでくれた時間、届けてくれた気持ち、全てが本当に嬉しい。だから、受け取ってみんなで食べる。そのご主人の帰って行かれる後ろ姿が忘れられない・・。私なら泣いてしまうわ。
話を戻します。そのお弁当を援助時間終わりで開けたら大きなエビフライが入っていて思わず「うわぁ!!すごいっ!」って声が出たけど爺様は狸寝入りか?本当に寝ているのか?ピクリともしない。娘さんは戻ってこられて「食べて帰ってちょうだい。冷めたらおいしくないから、ね。食べて食べて!お茶入れるから。一緒に、ね。」とご自分のお弁当も持ってこられた。お茶を入れてくださっているキッチンに私も行き話しながらお湯が沸くのを待った。爺様の顔は見えないけど、動いてないから寝てるんだろ。5分か10分ぐらいして爺様のベッドのそばの食卓に戻った。「いただきまーす」と娘さんと二人手を合わせお弁当の蓋を取ると!!私のエビフライがない!!ないんです!!どういうこと?娘さんと顔を見合わせしばし沈黙。だけどさ、エビフライ勝手に脱走しないやん。容疑者は一人よね。でも、何にも喉を通らなくなった爺様が?胃ろう注入後の爺様?私と娘さんはお箸を置き、捜索を開始した。今はお弁当が冷める事より二人の興味はエビフライの行方だから。ベッドで目をつぶっている狸おやじの身体をまさぐった。枕や寝巻の襟に香ばしい茶色のカリカリがいっぱい落ちている。まさか食べないよね?!つかんだだけよね。‥握りしめた右手の拳からエビのしっぽ見えてるし!娘さんと私は爺様をガンガン揺らし「エビフライどうしたの?」「食べたの?」「どこに隠したの?」娘さんは「黙ってないで言いなさい!警察呼ぶわよ!盗人!!」と叫ばれた。爺様は娘さんより大きな声で「食べたんじゃ!!自分の家にあるもん食べて何が盗人じゃい!!」と鼻の頭を真っ赤にして怒った。長い沈黙の後、娘さんと私は吹き出した。「あんた、エビフライ食べられるのにこんなに皆に手間かけてもろて、あほちゃうか!」とほぼ何を言ってるか分からない。笑い泣き中の娘さんは叫んでいた。爺様はこれまでを取り返すように何でもパクパク食べて胃ろうの穴はいらなくなったが、また同じことが起こった時のお守りってことでそのままにしてあった。そこで一旦私はお付き合いがなくなった。爺様は何でもできるし手伝うことはなくなったからね。それから数年後、認知症が進んだ爺様の入所申込が届いた。変わらず愛想もくそもない爺様は入所し、夜中にマフラー巻いて手袋して帽子を被ってリビングに来てめちゃくちゃ甘いココアを飲んでブスっと帰って行く。変わってないなぁ。立ちしょん便が男のステータス!絶対座っておしっこしない、でも床びちゃびちゃ・・北向に「一歩踏み出す勇気!!!もう一歩前でおしっこする勇気!」と言われ続けて人気者になった。だって、いつも彩子と喧嘩して負けて泣くんだもん。皆 爺様がかわいそうになって慰めてね、慰められてまた拗ねて・・という面白いって言っちゃダメなのかもだけどとってもユニークな方でした。平成21年の春、みんなで桜を見ておべんとう食べて桜の下で寝転んで・・バイクに乗って帰って来てね。

次の日に逝った。一晩だけ熱が出て辛そうだったけど寝込むことももう一度胃ろうを使う事もなく、生涯ちゃんと口から食べて、一歩踏み出せなかったけどトイレでおしっこして逝った。人の体の機能は謎に満ちている。もう一生口から食べられないはずだったのにエビフライ盗み食いするし・・友達出来ないはずのイヤな奴だったのに人気者だったし・・自分の思ったように進まない人生はなお楽しさに溢れている。

 

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