「私はがんで死にたい」

そもそも人間の死亡率は100%で、今まで死ななかった人は一人もいない。
って話。

日本人はピンピンコロリ、昨日まで元気にご飯も食べて好きな事していて、明日の朝起きたら亡くなっていた感じの死に方希望が格段多いという。まぁ、楽だし、辛くないし、痛くないし、痒くもないし、苦しまないし、でダントツ一位‼‼‼でも、この本「私はがんで死にたい」の著者ホスピス医は、いろいろ用意もしたいし、燃やさないといけないものもあるし、だから余命が分かるなんて素敵な事だと言っている。

ここまで書いて、樹木希林さんの著書「死ぬときぐらい好きにさせてよ」という言葉を思い出した。私は64歳なので若い時より生きている時間が有限なんだという事は解る。そして、好きにさせてほしいと思うけど、病はなかなか本人の好きにはさせてくれないのかも、とも思う。人や世間と付き合うように病ともうまく付き合っていけたら好きにさせてもらえるのかもしれない。

そもそも人間の死亡率は100%…って気が楽になってね。そうやん、皆死ぬのよねって。

昨日、めいの家が始まってすぐに厨房で働いてくれていた私と同い年の元職員が亡くなった。コロナウイルスに感染し肺炎になり、去年の夏肺がんの余命宣告をされていたからなかなか良くならず、半年ほどの入院生活を経て亡くなった。彼はがんで余命の数か月と言われていたけど何も片づけず、家賃も滞納したまま逝った。死ぬ時が分かっていても分かっていなくても、これからも生きていく人に色々残していくものなんだよね。そして、生きている方は、それを受け取りなんとかするでしょ、決して嫌いになんかならないし、ね。ひょんなことから彼の入院を知り、おせっかいにも娘と一緒に病院に行き、いろいろ、出しゃばっちゃったけど、今日彼の娘の笑ってる顔見てそう思った。

合掌。

死亡率は100% だけど どう死ぬかはみんな違う。どう生きるかが違うようにね。合掌。

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