三十四話 107歳 完

11月の入り、またまたじいちゃんは食べなくなった。ご飯もおかずも一口。両手の人差し指で✖を作り、頑固に食べない。ほぼ何も食べない上に喉の奥に痰が絡む。ゴロッゴロ音がするけど吐き出せない。吐き出す力がお腹にない。ちょっと座ったら寝転んでしまう。座っていることさえもう大変みたい。夜は?一人で大丈夫?そのまま、自分の家で、寝たまま亡くなることはじいちゃんの希望だからいいんだけど、歩いてトイレいける?食べてなくてフラフラ転んだら・・不安は尽きない。娘さんと息子さんと話し合う。本人がしんどくて泊まると言ったらめいの家にすぐ泊まれるようにするね、でも本人が帰りたいって言ったら帰るね、覚悟しようね。って。娘さんは「気合いだけで生きてるんでしょ」と言い、めいの家に縛り付けてでもいさせてやってくれと言った。縛り付けられないけど、今日だけ泊まってほしいと頼んでみることにした。

11月2日、デイに来たじいちゃんはずっと寝ていた。ずっと寝ているけど時々足が動く。膝を立てたり、踵と踵を擦り合わせてみたり、ベッドの端に座ると薄目を開けて右手でオッケーを作る。北向が座ると膝をちょこちょこ触りながら股の方に手が動く。そしてニヤッと笑う。そこそこ元気を装っている。だけど「なんか食べる?」「なんか飲まない?」には指の✖が返ってくる。夕方、訪問看護師さんにお願いして点滴する。ただの水・・されど水・・この点滴で楽ちんになって生き返った人は一人や二人じゃないからね。点滴って本当にすごい。枯れた木に水やったらキューンっと元気に太陽の方を向くことあるでしょ、そんな感じに一瞬で元気になっちゃうこと魔法みたいにあるん。でもじいちゃんはそんなに変わらんかった・・。    でもね、点滴の後トイレに誘うと自分で歩いてとことこ行ってくれて自分でズボン降ろして自分で拭いて自分で手を洗って自分の足でベッドに帰った。そこで、今日だけ、じいちゃん今日だけここに泊まって。明日は送って行く、約束するから今日だけここにいて。と手を合わせたら・・じいちゃんはうなずいた。そのままエレベーターに自分で乗って二階に。そして、私たちが作ったベッドに横になった。喉の奥はゴロゴロ言ってるし、不整脈だし、右の肺は音悪いし…悪い事言いだしたらきりないよね。私たちが行ったり来たりしていると帰れ帰れと手で合図する。ゆっくりしないみたいだから、どこかで帰らないとずっとうろうろしてしまうわ‥私は‥。そして、21時ようやく私たちは夜勤の信ちゃんにタッチして帰った。携帯の音量を最大にして,何が起こっても慌てないように起きてすぐ着る服もちゃんとして寝た。                   そして、朝6時19分大きなベルの音。すぐ飛び起きて「はい!もしもしっ!!」「なんか呼吸が変わってきました・・しんどそうじゃないけど・・」「行くわ」という短い会話の後ゆっくり部屋を出た。何故かゆっくり顔を洗って歯を磨いて家を出た。冷たい風が気持ちよくてやっと目が覚めた。じいちゃん、頑張るな、もう頑張るな!‥って思った。                 

2階に着くとトイレから半身出ている信ちゃんが「どうしたらいいです?」って言うからどしたん?って聞くと、じいちゃんがトイレまで歩いて来たって。そして・・意識をなくした。信ちゃんと二人でじいちゃんを抱えベッドに。意識はないけど心臓動いてる‥先生や看護師さんや娘さん息子さん、北向・・皆に電話して手を握る。あったかすぎる手は握り返してはくれんかったけど、今日泊まれって言わんかったら家で死ぬことができたんじゃないか!とか家に帰らんかったらよかったぁ~とか頭の中をいろんな思いが廻ったけど・・今ここで起こっていることが事実なわけで・・

その後は、北向、看護師さんや娘さん息子さん、医師、職員たちが次々やって来た。じいちゃんの心臓は止まり、体を拭いて着替えて、じいちゃんが夜中何度も自分で歩いてトイレに来て、お水も欲しいって言って飲んだことを信ちゃんから聞いた。じいちゃんが最後にしたことは、自分の足で立って歩いてトイレに行ったこと。パンツは全く汚れていなくて最後まで几帳面なきっちりしたじいちゃんのままだった。

そして今日、最後のお別れをしてきた。家族や、最後まで見守った介護者に見守られ、若い時からモテモテやったじいちゃんは亡くなってもなおモテモテだった。

うちにはじいちゃんの作りかけのサクランボがある。丁寧に小さな三角に折った紙をつないだ可愛いサクランボ。                              もう完成することは ないんだね。

じいちゃんの亡くなった日は、じいちゃんと奥様の84回目の結婚記念日だそう。                                                     手を繋いで歩いていく後ろ姿は、想像できる。可愛い後ろ姿だ。

さよなら、じいちゃん。またいつか・・。

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